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17
整列して全体でのあいさつとミーティングを終え、両校で手分けしてネットを外し、備品の回収と撤収準備に入った。
ギャラリー回廊を見上げると、見に来ていた人はぞろぞろと帰り始めていた。
「倉田? 片づけは――」
そんな長谷川たちの声も耳に入らず、あたしはユニフォーム姿のまま体育館を飛び出し、階段をそのままかけ降りる。
あたしが出てくることを予感していたのか、正面玄関の長椅子のそばに小野寺がいた。その隣にいるのは――三木。
「小野寺……!」
なにも聞かず、なにも言わず、小野寺はいつものようにイタズラっぽく笑って、正面玄関の外を指差し、あたしはバレーボールシューズのまま外へ飛び出した。なにか言いたげな三木のマウンテンパーカーのフードを、小野寺がひっつかんで止めてくれたことに心底感謝しながら。
階段を数段降りたところで、駐車場の外、公園側へ通りを渡ろうとする後ろ姿を見かけた。いつかも見た、白いコートに赤い斜めがけバッグ。
「花凜っ……花凜ーっ!!」
思わず叫ぶと、ずっと向こうで、花凜がぎょっとしたように振り返った。
駐車場を走り抜け、やっと花凜に追いつく。試合後の火照った体が一月の外気にさらされても、あたしは寒さなんて感じなかった。
「星那……」
肩で息を切らせていると、花凜がばつが悪そうに目を泳がせた。
「あ、えっと……小野寺がつれてきてくれたんだ。私はこっそり見て、帰るつもりだったんだけど」
「…………」
「さっきね、なんかもう見てて感動しちゃったの。星那がかっこよくて。だからつい、叫んじゃって……」
もう堪えきれなかった。
面食らう花凜に構わず、あたしはその両肩を引き寄せて抱きしめた。
どれほど傷ついても、今この瞬間も、好きで、好きで、たまらなかった。
「ど、どうしたの? 星那」
「ありがと、花凜」
抱きしめたまま花凜の肩口でつぶやくと、視界がにじんで揺れた。
「花凜の願い、叶ったよ。ついさっき」
無言のまま、花凜が息をのむ気配がした。
「今日がその日になった。みんなと……花凜のおかげで」
「星那、泣いてるの?」
花凜の体を放すと、ぼろぼろと溢れた涙を手の甲でぬぐった。
「ねえ、大丈夫? どこか痛いの?」
無邪気に気づかう花凜が愛しくて、こんな状況であたしは笑った。そう、ずっとずっと、痛かったよ。
「花凜に……伝えたかったことがあるんだ。今までどうしても言えなくてさ」
「えっ? なあに? 改まって」
きょとんとして見上げてくる花凜に、あたしは傷ついてもいいと思った。
十四歳かそこらの憧れでしょ、とか。中二病みたいなやつでしょ、とか。思春期によくある気の迷いだなんて、知ったように言われたくない。
悩んでる。
もがいてる。
苦しんでる。
傷ついてる。
全部、現在進行形だ。きっとこれからも。
解決なんてしないし、たぶん乗り越えるものじゃない。
悩んで、もがいて、苦しんで、傷ついてるあたしでいい。他でもないあたしがそう決めたんだから。この先も、痛みは全部つれていく。
小野寺、ありがとう。恋じゃなくていい。恋人じゃなくていいんだ。あんたがいてくれたから、やっと言える。
「好きだよ、花凜。ずっと……好きだった」
何十年経って今日のことを思い出しても、あたしは――きっと、泣く。
《了》
最後までお読みくださった方々に心より感謝申し上げます。(あかね逢)
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