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……女子中学生はみんな恋バナが大好き。
バレー部の朝練が終わり、制服に着替えて部室を出ると、バスケ部の女子の甲高いおしゃべりが耳につく。
「ねえねえ、聞いた? 昨日ユリが高野先輩に告ったらしいよ」
「ええー! それ、どうなったの?」
残念だったねー。早く告ればよかったぁ。あー、彼氏ほしい。
十月の朝はまだそれほど寒くないはずなのに、ヒヤッとする。よくある女子トークを耳にすると、あたしはいつも、胸の中に小さな氷でも落ちてきたような心地になる。
男子を好きになったことがない。彼氏なんてほしいと思ったこともない。
それなのに。
登校ラッシュで混雑する階段を三階に上がって、二年一組の教室に入ったとたん、あたしは胸がきゅっとなった。
「花凜、おはよ」
後ろ姿でもすぐにわかった。
同じクラスのあたしの親友、藤崎花凜。
花凜がこちらを振り返ると、後ろで結んでいる長い髪が優しく揺れた。
「星那、おはよう。朝練おつかれ」
「あー。朝飯食ったはずなのに、もう腹減ったよー」
「ほんとタフだなあ、星那。文化祭の実行委員もあるのに。体壊しちゃうんじゃない?」
「大丈夫だって!」
へへっと笑って、あたしは胸を叩いてみせる。
……ああ、やばい。花凜かわいい。
心配させたくないけど、花凜に心配されるの、やばいくらいうれしい。
放送朝礼の間も、そのあとの一時間目の授業中も、黒板を見るフリをしてつい花凜をちらっと見てしまう。
ときどき前髪をいじるしぐさ、ノートにシャーペンを走らせる指先、ふっと顔を上げる横顔の輪郭。どれも愛おしくて、胸が苦しくなる。
……恋だよな、これ。
普通の女子なら男子に対してこういう気持ちになるはず。
それが、あたしの相手は花凜しかいない。
「花凜ーっ」
二時間目が終わったあとの休み時間。隣のクラスの女子が英語の教科書を手にドタバタと入ってきた。
「どうしたの? 茉凛?」
「英語の穴埋め、うつさせて! 私、今日あたるの」
花凜の双子の妹、藤崎茉凛だ。
花凜とそっくりな顔だけど、こっちはショートボブヘアのキンキン声。
「もう。またなの?」
「ごめん、次からちゃんとやってくるから! おねがいっ」
……この前もそう言ってた気がする。すでによく見たやりとりだ。
呆れつつも花凜は英語の教科書を見せてやり、それを慌てて書き写した妹ちゃんは「さんきゅっ!」と、あまり反省してない様子で、またドタバタと教室を出ていった。
それを見送ったあと、あたしは花凜に声をかけた。
「またなのか? 妹ちゃん。自分でやれよーぐらい言ってやりゃいいじゃん」
「あ……星那。見てたの?」
いつも見てるよ、花凜のことなら。
「しょうがないのよ。あの子はいつもああだし。言ってもなおらないんだもん」
「いつもそれじゃ、花凜のほうがしんどいだろ」
妹ちゃんが同じクラスのヤツにねだらないのは、うちのクラスのほうが英語の授業が進んでるからじゃない。花凜なら断らないってわかってるからだろ。
花凜はしかたなさそうに、小さく笑った。
「……星那にはなんでもお見通しだね。困ったな」
物憂げな花凜の表情に、きゅっと胸が苦しくなる。
ずるい。そんな顔して困ったなんて言われたら、あたしもそれ以上は言えなくなる。
花凜は成績優秀で大人しい、学校の先生たちが気に入るタイプのお手本みたいな女子。その反面、自己主張が下手で、いつも周りの反応を見てから自分の行動を決めるようなところがある。それはきっと、要領がよくてちゃっかりしている妹ちゃんとずっと一緒だからなんだろう。
「文化祭でさ。今年こそ後夜祭でファイヤーストームやらせてもらえるかも」
「え、そうなの?」
話題を変えると、花凜がどこかほっとした様子だった。
あたしにはわかる。それくらいのこと。
「各クラス展示と学年有志発表の記入用紙の締切は今週金曜です。各学年の実行委員が回収し、金曜までに提出してください」
文化祭実行委員長の三年生が締めくくり、その日の集会はお開きになった。
一学年三クラスあり、各クラスで男女二名ずつ文化祭実行委員が選出されている。
ロの字型に長机が配置された小会議室では、さっさと部屋を出ていく生徒もいれば、残ってあれこれ実行委員長に質問する生徒もいる。うちの学年の面々も、いつも少し残って情報の共有をしていた。
「どう? 一組はクラス有志決まってる?」
「ああ。一組は模擬縁日が第一候補ってとこ」
「縁日かぁ。たしかに定番だけどいいかもね」
「けど射的とか、輪投げとか、無難なやつだけどなぁ」
そう。ヨーヨーすくい、って言ったらビニールプールを教室に持ち込むのはだめって担任に言われて、却下。
ほかのクラスの実行委員もうなずいて続ける。
「二組は模擬メイド喫茶って案が出てる。男子も女装するって」
「うわ、それウケそう」
「三組は古着のバザーが最有力だなー。SDGsだとかなんだとか理由つけて」
「いらない服処分して、資源リサイクルって名目か」
ひとしきり話して、あたしは思い出したことを三組の実行委員に聞いた。
「あ、そうだ。学年有志の話、どうなってる?」
文化祭は各クラス単位での展示発表のほか、学年全体で有志による展示発表も行う。
「あ、星那。それなら大丈夫。同じサッカー部で有志やりたいって奴いるから」
三組の実行委員、小野寺遥希がうなずいた。
女子の下の名前をためらわずに呼び捨てにするのは、この小野寺のクセだった。
解散したあと小会議室を出て、あたしは廊下を行く小野寺に並んだ。
「小野寺」
「なに?」
歩きながら間近で振り向く小野寺の大きな目は、あたしより少し下から見つめ返してくる。こいつ小柄だな、ほんと。
花形のサッカー部で、小柄だけどちょっと男子アイドル的な顔立ち。噂によれば、小野寺をイケメンと称する女子は一年どころか三年にもいるらしい。
「女子を下の名前ですぐ呼び捨てにすんの、やめといたほうがいいぞ」
「へ? なんで?」
「それだけであっさり勘違いする女子もいるだろ」
「あっはは! それ星那が言うの?」
あっけらかんと小野寺は笑い飛ばした。
「ど、どういう意味だよ」
「そっちこそ。そーゆー男子的な言葉づかい、ほどほどにしないと。下級生女子をすぐその気にさせちゃうと思うよ? 星那は男より男前なんだから」
「うっせーよ!」
「なあんてね。あ、おれもそろそろ部活いかないと」
けらけらと笑って、悪びれた様子もなく小野寺は階段を降りてサッカー部の部室へと向かった。あたしも部活いかないと。
ふと廊下の窓ガラスを見れば、見つめ返してくるあたしはお世辞にも女らしいとは言えない。襟足を伸ばしたショートヘア、細い目に、ちょっと筋張った頬。
少女漫画に出てくる女子キャラみたいな、大きな瞳で髪が長くて柔らかそうな頬――とはほど遠い。ついでに、背の順だとクラスの女子で一番後ろ。さらについでに言えば、声もちょっとハスキーで低い。
男より男前、か。
女子に言われるのはうれしいのに、男子に言われると、なんかビミョーだ。
……あのアイドル顔のイケメンチビ男子め。
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