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それは良太にとって、生涯忘れられぬ恐ろしい光景だった。
その夜、布団から起き上がった祖母は、今目の前にいるのと同じ、髪は総毛立ち、牙が生え、爪が伸び、鬼の形相に変わっていた。
そして、眠りこけ、半分身体が麻痺した男の身体を、年寄りとは思えない力で外へと引きずり出した。
良太がそっとあとをつけて板戸から外を覗くと、井戸端でその男の身体をむしゃむしゃと喰らう祖母、いや山女の姿があった。
「油問屋に奉公していた娘というのは、ばば様ですね?」
良太が聞いた。
「ああ、そうさ」
「そして山女になってしまわれたのですね」
良太が畳みかけるように聞く。
「見られてしまったなら仕方がないね。そうさ、男が追っかけてこなかった無念、恨みが、死んでも消えずにこんな姿になってしまった」
廃れた茶屋で男を待ち続け、男に裏切られた憎しみを抱いて亡くなった娘は山女になった。
そして、峠を越す女は助けては逃がしてやり、男は喰らってその金品を奪っていた。
「ばば様はなぜ、憎い男の一人である私を育ててくれたのですか」
良太は尋ねる。
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