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母はお腹に良太を身籠ったまま、自分を捨てた男を追いかけて峠を越えようとしたところを、ここの老婆に助けられた。
そして茶屋で良太を産み、嫁と孫として、ともに暮らしていたのだと。
ただ、不思議なことがある、と母は話した。母が男、つまり良太の父に贈った煙草入れを、祖母が持っているというのだ。
しかし、「何があっても、あの方はお前の命の恩人だ。決して恩を仇で返してはいけないよ」と、そう何度も言って母は亡くなった。
「ばば様は、ここを訪れた女人は追う者も追われる者も、助けて逃がしてやっていました。しかし、男には違うことに気づきました」
良太は語る。
良太は、祖母が良太や女の客には井戸水を使うなと言っているのに、男の客には使うのを許しているのがずっと解せなかった。
「気づいていたのかい。あの水を使うと、やがて身体の自由が利かなくなるのさ」
「男の客人が来ると、眠りこけてしまうのも不思議でした」
もしや雑炊に眠り薬が入っているのではと疑い、良太はある夜食べるふりだけして眠った。
「そこで見てしまいました」
良太の告白に、老婆は恐れ慄いた。
「見た……? 見たというのかい?」
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