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4. 昔語り
それから老婆は昔語りを始めた。
ひとりの娘が、東の町の油問屋で奉公していた。娘はおつかいの途中で、旅一座の若い役者に声をかけられ、逢瀬を重ねるようになった。
「もう旅巡業はごめんだ。二人で峠を越えて西の町に逃げ、夫婦になって落ち着いて暮らそう」
もうすぐ町での興行が終わるという頃、男は娘を誘った。
奉公はまだまだ続く。このままでは恋しい人は次の旅へ出てしまい、また会えるのはいつになるかわからない。
「この人と一緒になりたい」
娘は男に言われるまま、主家の金を盗んで出奔した。
待ち合わせの場所に行くと恋しい男が待っており、「金子は俺が預かっておく。お前は先に山を登れ。俺は追っ手がつかないように、算段をしてから追いかける。峠の茶屋で待っていろ」と言う。
娘は疑うことなく町を去り、山に入った。
「それで、娘さんは男と落ち合えたのですか」
良心が聞く。
「初心な娘は最初から、男に騙されていたのでしょう。商売を続けている様子もない廃れた茶屋で、娘はずっと男を待っておりましたが、とうとう男は追いかけては来ませんでした」
「可哀そうに。娘さんはどうなったのでしょう」
「さあ、峠を越えて西の町へ逃げられたのか、あるいは山の中で山立にでも襲われたのか、その行く末はわかりません」
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