4. 昔語り

2/2
前へ
/13ページ
次へ
「この辺りには山女(やまおんな)が出るという噂もありますね」  良心が聞いた。  山女とは山姥ともいい、山奥に棲み人を喰らう妖怪だ。 「ほほほ。そんな噂をお坊様が信じておられるとは」  老婆はおかしそうに笑って続ける。 「ここにもう何十年と暮らしておりますが、山女には一度も出会ったことはございません」  そんな話がしばらく続いたあと、良心が尋ねた。 「おばあさんは、ずっとここにお一人で?」 「昔は嫁と孫が一緒におりましたが、身体が弱かった嫁は亡くなり、孫はある日、行方知れずになってしまいました。天狗にかどわかされたのか、熊に襲われたのか、今もわかりません」 「そうだったのですか。こんな山の中でお一人はお淋しいですね」 「いいえ、いろんな方が通られては婆に面白い話を聞かせてくれます。淋しいことなんてございませんよ」    しばらくして老婆は囲炉裏の傍から離れ、奥の部屋へ入っていった。やがて出てくると、「こちらに布団を用意しました。どうぞ今夜はゆっくりお休みください」と言って、良心を案内した。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加