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「この辺りには山女が出るという噂もありますね」
良心が聞いた。
山女とは山姥ともいい、山奥に棲み人を喰らう妖怪だ。
「ほほほ。そんな噂をお坊様が信じておられるとは」
老婆はおかしそうに笑って続ける。
「ここにもう何十年と暮らしておりますが、山女には一度も出会ったことはございません」
そんな話がしばらく続いたあと、良心が尋ねた。
「おばあさんは、ずっとここにお一人で?」
「昔は嫁と孫が一緒におりましたが、身体が弱かった嫁は亡くなり、孫はある日、行方知れずになってしまいました。天狗にかどわかされたのか、熊に襲われたのか、今もわかりません」
「そうだったのですか。こんな山の中でお一人はお淋しいですね」
「いいえ、いろんな方が通られては婆に面白い話を聞かせてくれます。淋しいことなんてございませんよ」
しばらくして老婆は囲炉裏の傍から離れ、奥の部屋へ入っていった。やがて出てくると、「こちらに布団を用意しました。どうぞ今夜はゆっくりお休みください」と言って、良心を案内した。
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