5. 山女

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5. 山女

 その夜、良心が布団で休んでいると、すっと障子が開き、人影が忍び寄ってきた。  板戸の隙間から薄っすら入る月明りに見えるその姿は、髪は逆立ち、爪は伸びていて、その吐く息は荒々しかった。  しかし良心は人影とは反対向きに寝ているので、その気配には気づかない。  その人影が、キラッと光る何かを良心の上に振りかざす。そして、それを振り下ろそうとしたその時、布団の中から「ばば様」と静かに呼ぶ声がした。  その呼び方に、人影がはっとして動きを止め、手にしたもの、切れ味のいい包丁を落とした。  布団から良心が身を起こした。 「お、お前は、良太かい?」  老婆が呼んだのは、行方知れずになった孫の名前だった。 「はい、良太です。ばば様に十歳まで育ててもらい、そのあと山を下って仏門に入りました」 「生きていたのかい」 「はい。育てていただいたご恩も返さないまま、行方知れずになり申し訳ありませんでした」 「どうして戻ってきた」 「ばば様の罪を償うために戻ってまいりました」  良心、いや良太は話し始めた。  病弱な母親が死ぬ前に、自分だけに語ってくれたことがあった。
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