25人が本棚に入れています
本棚に追加
5. 山女
その夜、良心が布団で休んでいると、すっと障子が開き、人影が忍び寄ってきた。
板戸の隙間から薄っすら入る月明りに見えるその姿は、髪は逆立ち、爪は伸びていて、その吐く息は荒々しかった。
しかし良心は人影とは反対向きに寝ているので、その気配には気づかない。
その人影が、キラッと光る何かを良心の上に振りかざす。そして、それを振り下ろそうとしたその時、布団の中から「ばば様」と静かに呼ぶ声がした。
その呼び方に、人影がはっとして動きを止め、手にしたもの、切れ味のいい包丁を落とした。
布団から良心が身を起こした。
「お、お前は、良太かい?」
老婆が呼んだのは、行方知れずになった孫の名前だった。
「はい、良太です。ばば様に十歳まで育ててもらい、そのあと山を下って仏門に入りました」
「生きていたのかい」
「はい。育てていただいたご恩も返さないまま、行方知れずになり申し訳ありませんでした」
「どうして戻ってきた」
「ばば様の罪を償うために戻ってまいりました」
良心、いや良太は話し始めた。
病弱な母親が死ぬ前に、自分だけに語ってくれたことがあった。
最初のコメントを投稿しよう!