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「向坂くん」
屋上前の階段に行けば、彼は今日も変わらずそこにいた。
一番上の段に腰を下ろしている。
「花宮」
その顔にどこか憂うような色が差しているのは、蒼くんと同様に、理人を失った私の心情を案じてくれているのだろう。
向坂くんは死ぬたび、記憶をなくしていた。
私が死を繰り返していた頃と同じだ。
一方の私は、最初からすべて覚えている。
「おはよ。大丈夫? 身体の調子悪いとか、ない?」
階段を上りながら尋ねた。
彼にも死の苦痛が蓄積しているのだろうか。
「調子? 別にフツーだけど、何で?」
「そっか、よかった。それならいいの」
ほっと息をついた。
私のときより猶予はありそうだ。
そんなことを考えながら、彼の隣に腰を下ろす。
向坂くんに向き直ると、その首にそっと手を伸ばした。
「花宮?」
触れた指先から彼の体温を感じる。
彼の声と一緒に振動が伝わってくる。
「……ごめんね」
そう言うと、込み上げた涙に喉を締め付けられた。
戸惑うような彼の表情が滲む。
────今なら、向坂くんの気持ちが分かる。
私に手をかけた彼の判断が理解出来る。
きっと、今回のループにも私の知らない記憶の法則があるはずだ。
私より先に、彼がそれに辿り着くかもしれない。
そして、何をきっかけに失った記憶を取り戻すか分からない。
本来の出来事、ループに陥った理由、何もかもを知ったら、きっと向坂くんは私がしようとしていたのと同じ選択をする。
いくら不自然なものだったとしても、自分の死を受け入れるだろう。
そんな結末は嫌だ。
「おい、何の冗談だよ……」
困惑した彼が、首に触れる私の手首を掴んだ。
抗われたことに安心してしまう。
“生きたい”という、意思の表れのようで。
「本当にごめんね」
生きていて欲しいから殺す、なんて、ひどく矛盾している。
それでも私には、ほかに方法が分からない。
手に力を込めた。
彼の肌が沈む。
「……っ」
こんなこと、覚えていて欲しくない。
目覚めたら何もかも忘れてくれたらいい。
(そっか……)
彼もそう思っていたからこそ、私も死ぬたびに毎回記憶をなくしていたのかな。
いずれにしても、今度は私がやるしかない。
救いようのない運命を変えるんだ。
私がすべて背負うから。
向坂くんが死なない結末を探すから。
絶対に諦めないから、向坂くんも諦めないでいて欲しい。
受け入れたら、ループが終わってしまう。
だから────。
「……どうか、強く願って。“やり直したい”って」
【完】
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