最終話

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* 「向坂くん」  屋上前の階段に行けば、彼は今日も変わらずそこにいた。  一番上の段に腰を下ろしている。 「花宮」  その顔にどこか憂うような色が差しているのは、蒼くんと同様に、理人を失った私の心情を案じてくれているのだろう。  向坂くんは死ぬたび、記憶をなくしていた。  私が死を繰り返していた頃と同じだ。  一方の私は、最初からすべて覚えている。 「おはよ。大丈夫? 身体の調子悪いとか、ない?」  階段を上りながら尋ねた。  彼にも死の苦痛が蓄積しているのだろうか。 「調子? 別にフツーだけど、何で?」 「そっか、よかった。それならいいの」  ほっと息をついた。  私のときより猶予はありそうだ。  そんなことを考えながら、彼の隣に腰を下ろす。  向坂くんに向き直ると、その首にそっと手を伸ばした。 「花宮?」  触れた指先から彼の体温を感じる。  彼の声と一緒に振動が伝わってくる。 「……ごめんね」  そう言うと、込み上げた涙に喉を締め付けられた。  戸惑うような彼の表情が滲む。  ────今なら、向坂くんの気持ちが分かる。  私に手をかけた彼の判断が理解出来る。  きっと、今回のループにも私の知らない記憶の法則があるはずだ。  私より先に、彼がそれに辿り着くかもしれない。  そして、何をきっかけに失った記憶を取り戻すか分からない。  本来の出来事、ループに陥った理由、何もかもを知ったら、きっと向坂くんは私がしようとしていたのと同じ選択をする。  いくら不自然なものだったとしても、自分の死を受け入れるだろう。  そんな結末は嫌だ。 「おい、何の冗談だよ……」  困惑した彼が、首に触れる私の手首を掴んだ。  抗われたことに安心してしまう。  “生きたい”という、意思の表れのようで。 「本当にごめんね」  生きていて欲しいから殺す、なんて、ひどく矛盾している。  それでも私には、ほかに方法が分からない。  手に力を込めた。  彼の肌が沈む。 「……っ」  、覚えていて欲しくない。  目覚めたら何もかも忘れてくれたらいい。 (そっか……)  彼もそう思っていたからこそ、私も死ぬたびに毎回記憶をなくしていたのかな。  いずれにしても、今度は私がやるしかない。  救いようのない運命を変えるんだ。  私がすべて背負うから。  向坂くんが死なない結末を探すから。  絶対に諦めないから、向坂くんも諦めないでいて欲しい。  受け入れたら、ループが終わってしまう。  だから────。 「……どうか、強く願って。“やり直したい”って」 【完】
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