未だ見ぬ君へ贈る前日譚

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まずは、雨を降らさないようにしないと。 ハルはまず脚立を借りる。そしてたくさんの傘を買った。 幸い肇は執筆中は一つの部屋にしかこもらない。 外に一切出ないし、そこでは木が覆い茂っている風景しか見えない窓が一つあるだけ。 つまり、肇の雨を判断する材料はこの窓のみだった。 お隣の家に許可をもらって窓のある空間を横断するように紐をくくり、そこに買い集めたなるべく日が透ける傘をくくりつけていく。 ご近所さんからまたやってる…と苦笑いされながら雨を感じさせない仕組みが出来上がった。 雨よ降れ、雨よ降れ…。と謎の踊りをし始める肇を横目にハルはしめしめ…とかわいい笑顔を見せるのだった。 閑話休題。 長い前置きだったがこれで肇の奇人っぷりを感じていただけただろう。 そんな肇が今日、ハルに告白する。 告白といってもすでに夫婦なわけだから何も変わるものはない。 けれど愛だの恋だのをすっとばした2人だから今一度想いを確認したいと思ったのだ。 確かに初めはそれほど想いはなかったが、こうやって肇の世界に少しずつ入ってきてしてやったり、といった顔をするハルに確実に惹かれていっていた。 そして自分といても楽しそうにしてくれるハルをかけがえのない存在として認識してる。 だから、しっかり伝えて、今まで肇が出来なかった分夫婦を始めたいと思ったのだ。 そこで、この本だ。 男が素でいられる時間は締め切りが終わり、次の原稿に手を付けるまでのほんの数時間。 でも、この告白は本にあてられた誰かになった自分ではなく、本当の自分で伝えたいと思ったのだ。 だから、この本、自叙伝を書くことによって素の自分でいられる時間を長くしようと決めたのだ。 計画は完璧。 どこかロマンチスト気質な肇は洋の文化である結婚指輪なるものを用意した。 さて、物語も終盤。 そろそろ実行しなければ次の原稿が待っている。 その晩、食卓で男は 「本当のところ、ハルはどうなんだろうか…。」
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