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千草を家にまで送り届けてくれた夕凪に、詫びとして夕食をご馳走した。ご馳走、といっても、作るのは母だから千草が威張ることではないのだけど。
祖母も、母も、父も、夕凪を笑って出迎えてくれた。
「さすが、千草の家族ね。みんな、おひとよしの顔」
ぼそりと夕凪がつぶやいた。
彼女ははじめ、千草の家族に囲まれることに落ち着きがないようだったが、みんなで食卓を囲んで湯気の立つ汁物を呑むとほっと息をついた。
「……あったかい」
それは心の底から出たひと言のように思えた。
「あったかいね、千草」
うん、と千草は曖昧にうなずいた。やがて夕食が終わり、戸口まで見送りに出た千草に、夕凪はささやいた。
「月ノ蝶って、満月の夜にたくさん現れるらしいの」
「満月って、明日」
「そう。蝶の群れ、やっと見つかるかもしれない」
千草は心がざわついた。
自分が怪我をした後ということもあって、蝶を追いかけてほしくはなかった。今度は夕凪が大きな怪我をするかもしれない。
それに、まるで取り憑かれたように蝶を追う夕凪が、すこし怖くもあった。彼女は純真無垢に、恐ろしいほどのひたむきさで、蝶を追うのだ。どうしてそこまで。
「俺、この脚だと明日は行けないと思うから、次の満月まで待たない?」
「それなら千草は来なくていいよ」
「駄目だよ。危ないから」
「もともとわたしひとりで探してたんだから、大丈夫」
でも、と千草は食い下がる。
――なんでわかってくれないんだろう。心配してるのに。
焦りがあった。だっていつまで経っても、千草には蝶が見えないのだ。彼女はいったい、なにを、それほど必死になって追いかけているのだろう。千草が川に落ちたことを無視してまで、追う必要のあるものだろうか。だからつい、言っていた。
「もうやめようよ夕凪。危ないし。俺には蝶が見えないしさ。本当にいるの、そんな蝶」
夕凪は突然、しんと静かな表情になった。千草は自分の間違いに気づいたけれど、もう遅かった。
「わかった。千草、もう来なくていいよ」
夕凪は背を向けた。千草が止めても、彼女は暗い夜道を走り去っていった。
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