1543人が本棚に入れています
本棚に追加
うるさい蓮が帰ってから、俺はまた目の前の仕事に取り掛かる。だがどうしても昼間のことばかりに思考がとらわれる。
もともと婚約者を偽装する気なんてなかった。ただ結婚を断ってやると思っていただけだ。
それなのにホテルで凛を見かけた瞬間、偽装婚約者のアイデアが浮かんだ。
こいつを婚約者に仕立てあげようとなぜかそう思った。
一般人だったから? 口が固そうに見えたから?
一人で落ち着かなさそうにしていた凜はすらりと上背があって姿勢もスタイルも良かった。黒の特徴的なワンピースがあの美貌を際立たせ、周囲の目を引いていた。
なんであのとき凛を連れ去りたいと思ったのか。
どうして凛でなきゃ偽装婚約者はダメだったのか。
そして麗花の父親から愛情を疑われたとき、何も凛にキスまでする必要はなかった。俺なら他にいくらでも弁明出来たはずだ。
ただ単にそれが面倒だったから?
凛は訳もわからず俺に連れてこられたくせに、口裏合わせに協力してくれていた。
麗花の親父に疑われたとき、自分たちは想い合っているという嘘をつく俺に、凛は頷いてくれた。
あのとき俺に微笑んだ顔が、可愛いなと思った。ゆらゆらと揺れる瞳に吸い込まれるような気がした。そして気付けば凛にあんなことを・・・
——まさか男だったなんて。
あの見た目に完全に騙された。
あんな可愛いぱっちりとした目の男がいるのか?! メイクはしてたが、素材の良さは一目瞭然だった。きめ細い肌に大きな目と長いまつ毛、唇の形も色もいい。華奢な身体は艶っぽいのに儚げでつい腕の中に閉じ込めたくなった。
だがキスはない。男とキスなんて、俺の人生最大の汚点だ。
いくら可愛くても男は男。男はあり得ないだろ。
気がつけば凛のことばかり考えている。こんな調子では今日は仕事にならないから止めにした。
「適当な女を誘うか・・・」
女の連絡先なんて山程知っている。大概が向こうから俺に連絡先を教えてきたものばかりだ。
スマホに並ぶ、大量の連絡先。
「クソッ!」
ムシャクシャするから今夜一晩だけ一緒に過ごす女を探そうとしたのに、どいつもこいつも気に入らない。
結局誰にも連絡する気にならなかった。
最初のコメントを投稿しよう!