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3.災難な日
〜凛視点〜
「おい何だ!?」
自宅のマンションに帰ると土曜日なのに出勤していた僕の叔父の圭くんがスーツを脱ぐ手を止めて面食らった様子で僕を見る。
ぎこちない動作で頭を動かして上から下まで、下から上まで確認する。
「・・・・・・」
「・・・凜か・・・」
脱力するとドサッとソファに座り長い脚を組んでネクタイを緩める。
「じゃーん!!! 圭くん ど? ど? 美蘭の自信作~!」
僕の背後からひょこっと身を乗り出して僕の肩を掴んでグルグル回転させる。
「おまえら・・・今日発表会って言ってたよな。…そういう事か、美蘭策士だな」
「へっへ~ お陰で優秀賞取ったよ~!」
一人テンションの高い美蘭は両手を組んで大きく振り喜びを表現している。
いっぽう僕は力なくうなだれてうらめしい目で美蘭を見てやる。
結局着替えを許して貰えず女装のまま帰宅したんだ。
心も身体も落ち着かないったらない。
圭くんはソファの背もたれに片腕をのせくつろいだ姿勢になると改めて僕を見て言った。
「こうなるとお前らそっくりだな。美蘭でもなく凜でもないのが突っ立っててマジで驚いたぞ」
「私もびっくりだよ、確信はあったけどここまで美女に仕上がるとは思ってなかった! 凜ちゃんこっちでも全然いけるよ~」
「や、やめてよ・・・スカートすーすーしてヤダ。もう着替えるからっねっ」
「まてまてまて凜!」
「なに!」
圭くんはソファから立ち上がると近づいてきて両手を僕の両肩に乗せる。
見上げた先の圭くんは叔父というより兄といった方が自然な若々しさだ。だってまだ35歳だし。
この顔の良い叔父・圭くんは野上圭吾だ。
亡くなった母の弟で10年前に突然両親を失った僕と美蘭を育ててくれた。
商社に勤める圭くんは当時まだ二十五歳で事業投資部門で毎日激務をこなしていた。
まだ下積みの頃だったから報告書作成とかプレゼン作成とか、当時はよく分かんなかったけど、とにかく無限にある仕事を毎晩遅くまで帰ってきてからもやっていた。
土日も働いていたけど一日は必ず休みにして、遊びに連れて行ってくれたり一緒に買い物や家事をして過ごした。
一年もすると物流部門に異動になってグンと時間にゆとりが出来たみたいで僕たちと過ごす時間も増えた。
保護者参観や学校の合唱コンクールなど行事には大体来てくれて両親を亡くした寂しさを
感じることは少なかった。
今思うと圭くんは僕たちのせいで仕事のキャリアを積む機会を無くしたんだろうな。
優秀な圭くんの事だからきっと海外駐在の話もあったはずだ。
今はまた投資部門に戻って投資案件を作るチームで忙しく働いている。
海外出張や残業、会食が多くて一緒にゆっくり過ごす時間は少ないけど圭くんが思い切り仕事に打ち込めるように僕と美蘭が家事を担当して圭くんを支えている。
・・・と言っても僕はいつも失敗ばかりでほとんど美蘭がやってくれてるんだけど・・・
「なぁ凜。叔父さん、凜に頼みがあるんだ。これは美蘭には頼めない。お前にしか出来ないことなんだ」
圭くんのその顔何なの? 何か企んでる。
21年も甥っ子やってるんだからわかる。嫌な予感しかしないぞ。
「な、何・・・?」
「そのままの格好で、ちょっとだけ付き合ってくれ。そうだ。今度美味い飯を奢るから。な?」
怖いから! その満面の笑顔!
「・・・う、うん・・・」
圭くんにはとってもお世話になっている。だから圭くんの頼みは聞いてあげたいと思うけど、女装した僕にいったい何をさせる気なんだろう・・・
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