1.偽装婚約者になる

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1.偽装婚約者になる

「ねぇ、美蘭(みらん)。本当に大丈夫なの? 今さら不安になってきた・・・やっぱり僕じゃ無理なんじゃないかな・・・」 「いいから、じっとしてて!」  僕の名前は青木凜(あおきりん)。  今、2つ年下の妹、美蘭は真剣な眼差しで僕の顔にメイクを施している。  今日は美蘭が通う美容学校の作品発表会で都内のホテルに来ている。   発表会の会場の控え室で、女装をさせられているのだ。  僕は他の出演者さんたちに混じってズラーっと並ぶ鏡の前で美蘭にされるがままだ。  「発表会の手伝いをして!」とごり押しのお願いされたのは今朝の事。  昨日の夜からなぜか美蘭がやたらと僕のスキンケアを念入りにしてくるから何だかおかしいなとは思っていた。  朝の時点では、てっきり受付でもして欲しいのかなと思っていたのに、実はモデルになって欲しいって聞いてびっくりした。  僕には無理だと断ったのに、美蘭は「これで成績が決まるの! ここで上位の成績が貰えれば私の行きたい就職先に内定もらえるかもしれない! 大切な発表会だからどうしてもお願い!」と懇願してきた。  だから仕方なく可愛い妹のためならばと自分に言い聞かせ引き受けることにした。  引き受けた以上は、最善を尽くしたいって思ってたけど、いざホテルの大きなホールの会場に着いて、周りの人たちを見たら怖気づいてしまった。  みんな美人で歩き方とかすごく綺麗。あんな大勢の観客の前でスポットライトを浴びて、中央のランウェイを歩き、堂々とポージングしている。  僕に何か評価されるものがあるとしたら身長くらい。男としては普通だけど、女としては173センチは背が高いほうになるからモデルとしての見映えもよくなる。でも本当にそれだけしかない。  僕は美蘭が作ったアシンメトリーなデザインの黒のロングワンピースを着ている。  頭にはミルクティー色のふわっとパーマがかかったロングヘアのウィッグ。長い髪なんて落ち着かないけど、これも美蘭の成績のためだ。 「お兄ちゃん、やっぱすっごい似合うよ。女の子にしか見えないよ。マツエクもないし、メイクも薄いのに超美人!」  美蘭は僕に鏡を寄越して、メイクし終わった顔を見せてくれた。たしかにこれなら女の子にしか見えないかも・・・ 「はぁ、もう、私の夢が叶ったよ。お兄ちゃんを磨くのが私の趣味なんだから」  美蘭は明るいブロンドの髪を揺らしながら、やたらとはしゃいでいる。 「なんだよそれ・・・」 「推しだよ、推し! わかんないの? 人生の癒しだから! こんなに可愛くて美形の兄がいるなんて幸せだよ。お兄ちゃんはお嫁にいかせない。ずっとうちで私が愛でるんだから!」 「はぁ・・・」  僕は男で嫁になんかいかないのに。なんだかわからないけど、美蘭が嬉しそうだからいいか。
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