1.偽装婚約者になる

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 豪さんは僕を抱き寄せた。それは突然のことで、一瞬何が起きたのかわからなかった。  こ、婚約者・・・?  えーっと、待って。あの、僕は今さっきそこで出会ったばっかりなんですけど・・・ 「ちょっと! 豪くんっ、どういうことなの?! 豪くんは今日、この場で私と婚約するはずでしょ?!」  煌びやかな赤のフォーマルドレスを着た若くて美人な女性が席を立って取り乱している。美人だけど化粧が濃くて気も強そうだ。 「麗花(れいか)。残念だが、俺には将来を約束した女性がいる。だからお前とは結婚できない。親のコネを使って無理矢理この場を設けたようだが無駄だったな」 「ちょっと! 豪くん!」  麗花と呼ばれた女性は豪さんに必死で訴えるけど、豪さんはまるで聞く耳を持たない。 「豪。悪ふざけはよしなさい。西園グループとうちは代々仲のよい付き合いをさせていただいているんだ。これはうちとしても願ってもない縁談だ」  奥の席にいる男性が豪さんをなだめる。 「そういうやり方が古いし、汚いんですよ? 父さん。どうしても西園家と親戚になりたければ兄さんたちが麗花と結婚すればいい」 「嫌っ! 私は豪くんがいいの! 豪くんじゃなきゃ絶対に結婚しない!」  麗花さんはすかさず会話に口を挟んできた。 「俺には心に決めた女性がいる。結婚を約束して固い誓いも交わしました。今さら婚約破棄なんてできません。父さん、諦めてください。父さんは昔から俺に言っていたじゃありませんか? 約束は破ってはならないと。どんな小さな約束でも守らなければならない、それが我が城戸内家の家訓だと」  豪さんの言葉に、豪さんのお父さんはフッと微かに笑った。落ち着いていて威厳が感じられる人だ。 「隣にいるのは誰だね? どこのご令嬢だ?」  豪さんのお父さんが僕を見る。僕を品定めするような視線にドキッとした。 「一般の家庭で育った女性です。家柄はなくとも内面が美しく、そこにいる麗花とは正反対。伴侶に相応しい素晴らしい女性です」  女性、女性って・・・たしかに僕は今、女装をしているけれども、豪さんは完全に僕のことを女だと勘違いしている・・・? 「名前は?」  豪さんのお父さんが豪さんに質問を投げかけた。それに豪さんは答えられないでいるみたいで、僕に視線を投げかけてきた。  それもそうだ。豪さんは僕の名前を知るはずもない。でも将来を誓い合った婚約者の名前を答えられないなんて不自然だ。   「青山凛です」  豪さんの代わりに僕が答えると豪さんが少しほっとした表情になる。どうやら僕の助け舟がよかったみたいだ。 「父さん。俺と凛は心から愛し合っています。ですからこの婚約はなかったことにしてください」 「嘘よっ! 絶対に嘘! そんな女認めないわよ! 豪くんは私のものなんだから!」  麗花が必死でわめいている。麗花は豪さんのことがよっぽど好きなのかな・・・
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