1.偽装婚約者になる

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「——大変失礼なんだけどね」  口を開いたのは、麗花さんの隣に座っていた白髪の男性だ。多分座っている位置からして麗花さんのお父さんだろう。 「豪くんはずっとうちの麗花との婚約話を断ってきた。豪くんもまだまだ若いし、遊びたい年頃だろうからね。実際に豪くんの派手な女遊びの話は聞いているよ。一般人からモデルまでたくさんの女性をモノにしてきたそうじゃないか」  豪さんは背も高くて男らしくて、信じられないくらいの綺麗な顔をしている。  見上げると目の前の顎のラインの美しさに目を奪われる。形の良い唇から上に辿るとまっすぐな高い鼻筋、長いまつ毛。  これだけ派手な髪型なのに品があって貴族的なオーラをまとっている。そのうえ御曹司となったらモテないはずがない。  それで豪さんは自分に寄ってくる女の人たちと軽いお付き合いをしているのかな・・・ 「だから豪くんに将来を誓った相手がいたなんて信じられないんだよ。まさかとは思うが、麗花との婚約の話をなかったことにするために、その辺にいた、行き当たりばったりの女の子を連れてきただけ、なんてことはないよね?」  うわ、麗花さんのお父さんはかなりのキレ者だ。大正解だ。僕はきっとそのためにここに連れてこられたんだよね……。  まぁ、女の子じゃない。れっきとした男なんだけど。 「まさか。俺と凛の絆を疑われるなんて心外ですよ。なぁ、凛?」  豪さんは僕にまた意味深な視線を寄越す。僕はとりあえず豪さんに頷いてみせる。 「相変わらず可愛いな、凛は」  豪さんが僕に迫ってきた。  長い指でくいっと僕の顎を上げ、じっと僕の顔を豪さんが見つめている。  え……? なんだろう……。  そのまま豪さんは僕に唇を近づけてきた。  僕があっと思ったときには、既に豪さんに唇を奪われていた。  辺りが騒めいたが僕の耳は膜が張ったように音が遠く、体からは力が抜けてされるがままだ。  これは…キス… 「これでおわかりでしょう? 俺と凛は赤の他人なんかじゃない。それでは今回の婚約話はなかったことにしてください。失礼いたします」  豪さんは僕の手を引いて、踵を返す。  麗花さんの悲鳴のような喚き声や呼び止める声。  背後のどよめきなんて全然気にする様子はない。流れるような身のこなしで僕を連れ去った。
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