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「あの、僕、男です・・・」
「…は?」
「だから、男。二十一歳の成人男性ですけど・・・」
「えっ、お前、えっ?! 男?!」
彼は僕の頭からつま先まで眺めて、それでも「嘘だろう?」と呟いた。
「俺を騙したのか?!」
「いや、そっちが勝手に勘違いしたんですよね?! 僕は訳あって女装してるだけで、そういう趣味もないし、れっきとした男で・・・」
「えっ、待て。俺、さっき男にキス・・・ない。男はあり得ない・・・」
豪さんは、驚愕の表情で頭を抱えてうなだれている。
「僕だって——」
「くそっ! 男に用はないっ。婚約者のフリも終わったし、お互いアレはなかったことにして綺麗さっぱり忘れよう。うん。忘れよう。それしかない」
動揺した彼は自分に言い聞かせるみたいにそんなことを言った。
さっきのキスをなかったこと・・・
なかったこと・・・
「じゃあ、俺たちはこれまでだな」
彼がくるりと踵を返し立ち去ろうとしたとき、突然現れたのは麗花さんだった。
「豪くん。早速、その女と別れ話・・・?」
麗花さんの目は怖い。僕のことも豪さんのことも冷ややかな目で見ている。
「やっぱりね。豪くん。早くその女と別れてね。一ヶ月後には私たちの婚約が大々的に発表されることになるんだから」
「は? お前何言ってるんだ?」
「さっき集まってその話をするつもりだったのに。一ヶ月後に西園と城戸内グループでの共同開発事業のお披露目会があるでしょう? その日は私の誕生日で、その場で豪くんと婚約したことをサプライズ発表することになってるの」
「勝手に決めるな。俺はお前とは結婚しない」
「無理。私が決めたことじゃないもの。豪くんも知ってるでしょ? これは家の事情だから。私たちが望んでも望まなくても結婚しなくちゃ」
家の事情で結婚する・・・
そんなことがあるんだ。政略結婚みたいなものかな。
「そんなに城戸内に取り入りたいのかよ」
「それはお互い様でしょ?」
一触即発のふたり。お金持ちの家っていろいろ大変なんだなぁ。
「結婚したら女遊びはやめてよね。両家の恥だから」
麗花さんは今度は僕のほうを向いた。
「あなたもわかった? この人だけはやめてくれる? 一ヶ月後には私の婚約者になる人だし、どうせあなたも豪くんに遊ばれてるだけよ」
「は、はぁ……」
遊ばれてるも何も、僕は通りすがりです。とは言えずに黙った。
「じゃあね、豪くん。新婚旅行は南の島のリゾートがいいな。私のために用意しておいてねっ」
麗花さんは言いたいことだけ言ってさっさといなくなってしまった。
さて、僕もこれで豪さんとはお別れだ。
僕がそそくさとその場から立ち去ろうとしたとき、スッと目の前に豪さんの腕が伸びてきた。
「凛。逃げるな、大事な話がある」
「えっ・・・」
あのう…さっきは自分から「俺たちはこれまでだ」って言ってませんでしたか…?
「ついて来い」
豪さんの目は怖いくらいに本気だった。
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