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ホテルのロビーラウンジに移動すると、ソファーに向かい合って座り、改めて話をすることになった。
「青山凛。お前と契約を結びたい」
豪さんは僕の目の前で、長い脚を組んで不遜な態度で言い放つ。
「契約……?」
「そうだ。契約だ」
豪さんは胸ポケットから名刺を取り出し、僕の目の前にスッと置いた。
名刺には『株式会社NWA代表取締役社長 城戸内豪』とある。
この会社、美蘭がずっと目指しているアパレル会社だ。
サステナブルな新素材をいち早く取り入れたり、服とともにメイク用品までトータルコーディネートしたり、いつも面白い試みをする会社だそうで、美蘭は美容学校に入学した当初からずっとこの会社に憧れている。
で、豪さんが、その会社の社長?!
「凛。お前は俺の婚約者のフリをしろ」
「婚約者の、フリ?!」
「期間は一ヶ月で終了。それも毎日じゃない。俺が呼び出したときだけ婚約者のフリをしてくれればいい。役目を果たせるならお前が男でもいい。だが間違っても男の姿で来るなよ。今みたいに女装をしろ。婚約者なんだから」
豪さんは「口約束だけはよくないな」と鞄からタブレットを取り出して、何かの文書を作り始めた。
「報酬は弾む。いくら欲しい?」
タブレットの画面に目を向けたままぶっきらぼうに言った。
僕が望むのはお金じゃない。もしお願いできるとしたら・・・
「あの・・・」
「何だ? 遠慮なく言え」
「妹を・・・」
「妹?」
「はい、僕の妹が、あなたの会社に就職したがっているんです。今、二次試験まで突破したところで・・・。それで、もしできるなら妹が就職試験に受かるようにアドバイスをしてもらえないかな・・・なんて・・・」
僕はチラッと豪さんの顔色を伺う。彼はタブレットから視線を外しこちらを見た。その鋭い視線にドキリとする。
ああ、この人は本当に美形だ。辺りを払うような美しさと堂々とした風格…うっかり見とれてしまうじゃないか。
「アドバイス・・・?」
「い、いえっ、無理なら別にいいんですっ」
いくら社長だからって、そんなことをお願いするのはちょっと図々しかったかも・・・?
「アドバイスなんてまどろっこしいな。お前が俺と契約を結ぶなら、お前の妹をうちの会社に就職させてやる」
「本当ですか?!」
「俺を誰だと思ってる? バカにしてるのか? 俺の会社の採用くらい簡単に決められる」
やっぱりすごい人だ。
僕が彼に協力すれば、美蘭は憧れの会社に就職できる。
たった一ヶ月だけ、婚約者のフリをして豪さんを手伝えばいいだけなんだから。
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