1. 紬

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「ドラマみたいだよね、ママがフリンしてるとか」  そんな軽い調子で彼氏の(しゅん)に話したら、整った顔を思い切りしかめられた。 「俺はやだよ、母親が浮気してるとか。やっちゃいけない悪いことじゃん。なんでもっと怒らないのさ、(つむぎ)は」  あたしは首を傾げた。なんであたしが怒らなきゃいけないんだろう。あたしに怒る権利なんてあるんだろうか? そもそも誰に対して怒ればいいんだろう。ママ? フリン相手?  考え込んでいると、俊は小さくため息をついてあたしを抱き寄せた。小さな子供にするように、あたしのポニーテールを指で梳かす。あたしは俊より1つ年下だけど、そんな風に触られると『彼女』というより『妹』のように扱われているような気分になる。 「そんなん知ったら、子供は辛いってわかんないのかな」  別にあたし、辛くないよ。俊の胸の中で呟く。何か言った? と聞き返されて、あたしは首を振った。たぶん俊には理解できない。でも理解できなくていい。あたしは俊のそういう真っ直ぐなところが好きだった。  チャイムの音でぱっと体を離す。8時40分、あと5分で授業が始まる合図だ。あたしたちはいつも、授業が始まる前にこっそりアイビキしている。アイビキっていうとお肉の方が連想されるけど、もちろんそっちじゃない。漢字が書けないだけ。  じゃあまた放課後にね、と俊が首を傾げて笑った。あたしも黙って頷く。俊は音を立てないように気をつけながら、楽器倉庫の引き戸を開けた。朝練をする部員のいない吹奏楽部の楽器倉庫は、あたしたち二人のちょうどいいアイビキ場所なのだ。一応言っておくと、あたしと俊も吹奏楽部員だから不正使用ではない。  俊は開けた扉の隙間から、周りに誰もいないことを確認する。あたしに目配せして素早く廊下に出た俊は、そのまま振り向かずに廊下を走って階段を降りた。あたしは隙間からそっと顔を出して、彼の背中を見送る。
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