追憶ノサンカ

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 午前十一時。天気は雲一つ無い、すっきり透き通る様な晴れ。  準備にちょっと手間取ってしまった…一人でするのはやっぱり大変だなぁ…。  ほぅと一息つき、麦茶を一口。涼やかな香ばしさが口いっぱいに広がっていく。  それから持っている中で一番思い入れの深い服を着て、日差しが少し強いから…んー…つば広の帽子と、日焼け止めと…と、ばっちり防御して。  …ちょ、ちょっと…気合い入れ過ぎた…かな? 『おー、やっぱり似合うなぁー』 『…なんだか凄い違和感あるんだけれど…普段あんまりこういうの着ないし…。  変じゃない?…というか周りから浮いてない?』 『変じゃない変じゃない、浮いてない浮いてない』 『うわぁ…適当…』 『いつもより一.三七倍大好き!』 『なんでそんなに刻むの?』 『いやぁ…いつもが大好きちゅっちゅ丸だから…』 『うわぁ…よくもまぁそんなこっぱずかしい事を…』 『らびゅ!』 『ステイ』 『わふっ!…というかこんな機会じゃないと滅多に着る事も無いしさ、たまには良いんじゃない?』 「…そうね。  こんな機会だし…あなたが大好きと言ってくれたから…」  うん、この服にしよう。  …本当の事を言うと、今日はこの服以外、コーディネートが全く思いつかなかった。  今日みたいな日は、この服が良い。 『よっしゃー!準備万端!  それじゃあ…初めてのデートにレッツゴー!』 『あっ、ちょっ、ちょっと待って!』  テンション高めでさっさと行ってしまうあの人を追いかける為、慌ててサンダルを履く。  色々なところに出掛けるのが好きなあの人に合わせて買った、動きやすいサンダル。  もう随分と長く履いている気がする…だいぶへたれてはきたけれど、今日一日は充分に保ちそうだ。 「行ってきます」  声を掛け、急いであの人を追いかけた。  歩く。  歩く。  自転車にも乗らず、車にも乗らず。 『どうしてあなたはいつも乗り物に乗らないの…?』 『あ、ごめん…こうして歩いた方が色々と発見が多くてさ』 『ううん、全然良いんだけれど…発見?』 『うん!  例えばほら!そこの植木鉢!』 『…普通の植木鉢だけれど…』 『うんまぁ見た目はそうだよね。  それじゃあ、あの植木鉢にもし植木鉢にそぐわない物…例えば、神が宿る木が植わっていたら?』 『…んー…まずはどうしてそんな物が植わっているかを考える…』 『そうそう!…そうしてそこから物語は始まっていくんだ。  ほら、大変だけれど楽しいでしょ?』 『…そりゃまぁ…楽しいけれど、作家ってやっぱり大変なのね』 『大変に見合うだけの価値があるお仕事だよ、作家は』  植木鉢を見る。  何も植わっていない、空っぽの植木鉢。 「…植木鉢から、なんでも願いが叶う木が生えれば良いのに」  植木鉢に手を合わせ、私はまた歩き出した。 『ここのメロンパン!超絶品なんだよ!』 『…あ、確かにここの包み紙、良く見るかも』 『そーそー!  君にも何度か食べて貰った事のあるあのパン!美味しかったっしょ!?』 『うん、確かにすっごく美味しかった』 『普段はお持ち帰りだけれど、実は焼きたてが一番美味しいんだよねー!  おっちゃんー!』 『いやそんな顔馴染みみたいな感じで…』 『あいよー!いつもありがとうねー!』 『あ、そんな感じなんだ』 「…メロンパンを二つ下さい」 「あいよ。…はい、焼きたて二つね」  どこか寂しそうに笑う、柔和な顔の店主さんが、紙袋に二つ、焼きたてのメロンパンを入れて手渡してくれた。  温かい。  ほかほか、焼きたてのメロンパン。  …紙袋から一つ取り出し、はくりと一つはぱくつく…うん、美味しい。 やっぱり焼きたてのメロンパンは最高だ。あっという間に食べ切ってしまった。  メロンパンの残った紙袋をサコッシュにしまい、舌にじっくりと、メロンパンの味を、染み渡らせながら、また歩き出した。 『結構遠くまで来たね』 『…あ、ご、ごめん!つい色々夢中になっちゃって…!』 『ううん、結構楽しかった』 『そ、そう?それなら良いんだけれど…』 『多分あなたが色々話してくれたからだと思う』 『え、そうなの?』 『うん。  道中色々、いっぱい話してくれたから、歩くの全然苦じゃなかったよ』 『え、あ、そ、そう?…良かったぁ』  あの人のへにゃりとした顔が見えた。  いつもいつも、その笑みを見ると、何故かほっとするのだ。 『…それにしても……ここ、どこだろ…?』 『あなたでも分からないんだ』 『うーん…僕も、いつもお散歩で方々歩いてはみてるけれど…なんか変な場所に迷い込んじゃった』 『そんな事もあるんだね…』 『まぁこれもおさん…創作の醍醐味って事で!』 『やっぱり創作よりお散歩なんだね…』 『…な、何故それを…!』 『うーん…会話の流れ的に?』 『…君、観察眼とか、創作に非常に向いてると思うけれど…なんか一本書いてみない?』 『…ちょっと興味あるかも』 『よっし!そうと決まったら早速お散歩再開再開!  …んで、どこに行こっか!?』 『…本当、お散歩は楽しいけれど、無計画なのはさすがにどうかと思う…』 『む、無計画じゃないよ!ほら!』 『…木の枝?』 『これをこうして…』 『…まさか』 『やっぱり君、勘の良さが創作向きかもね?  …んー…あっちか。  よし!それじゃあ枝が指し示す方へ!』 『行き当たりばったり…』 『…あー…やっぱあかん…かな?』 『…ちょっと楽しみ』 『よっしゃれっつごー!』  ぱたんと倒れた木の枝が指し示す方へ、あの人を追って歩き出す。  道中食べたメロンパンは少し冷えてしまったけれど…やっぱり美味しかった。 『…こんなお店あったんだ…』 『雑貨屋さん…だよね?』 『た…ぶん…?』 「…いらっしゃい」 「…こんにちは」  雑貨屋さんの中にいたのは、不思議な雰囲気の女の子。  真っ黒な服に身を包み、真っ白な髪に、真っ赤な瞳。  どこか古の賢者の様な雰囲気を持つ、小さな女の子。 「…どうぞ中に」 「…はい」 『うわぁ…すっご…』 『…本当に凄い…』  あの人の目が一気に変わる。  いつものへにゃりとした顔から、鋭い観察眼に…作り手の目に変わる。  …ああ。  この目に。  何もかもを見透かし、遙か彼方を見て、無限の世界を思い書き上げるあの目に、私は惹かれて。  …そうして、始まったんだよね。  貴方と私の、愛しき日々が。 『はい!これ!』 『…これは?』 『…あー…広い意味で、プレゼント?  こういうの好きそうだし、珍しいし!』 『なんだか凄く高そう…む、無理してない…?』 『う…うん!ダ、ダイジョウブダヨー』 『…目がすっごく泳いでる…』 『ほ、本当に大丈夫!ね!店員さん!』 『…………お買い上げありがとうね』 『目線逸らされた…!』 『う、嬉しいけれど…無理はしないでね?』 『大丈夫!もやし美味しい!』 『確かに美味しいけれど』 「これ下さい」 「…すぐ着ける?」 「え…あ、はい」 「分かったわ、ちょっと待ってね」  店員さんに一万円を払い、封を開けて貰って、それを胸元に付ける。  一品一品手作りの、オーロラの様に角度で色が変わる、特殊な素材をつかった、とってもとっても綺麗な蝶のブローチ。 「…お似合いよ、とても」 「…………ありがとうございます」  店員さんが寂しそうに言ってくれたその言葉に、深く深く、お辞儀を返した。 『いやー!歩いた歩いたー!ジュースおいしー!』 『うん、美味し…ふぅ…』 『創作意欲ももりもりだし!帰ったら原稿作業かなー』 『じゃあお夕飯、私作るね』 『んー…それも素敵だけれど、出来合いで今日は済ませない?』 『良いけれど、どうして?』 『いやだって大好きな人がちょろーっと創作に興味出て来たんだよ!?なんかもうこの機会を逃す手は無くない!?』 『あ、いや、確かにちょっと興味は出たけれど…そんなしっかりした物、素人の私が書けるとは思えないし…』 『しっかりした物をー、なんて、僕でも難しいよ?』 『え?でも…』 『執筆に必要なのは書きたいっていう意志!  執筆の技術や道具は後から着いてくるし、後でも用意できるし!』  今日の経験!体験!感じた事!思った事!全部全部大切な事だし、すーぐ消えちゃうもん!  …本当…すぐ消えちゃうんだよね…アイデア…』 『思い出す為に結構荒れたもんね…』 『だーかーら!うぇるかむとぅ創作の世界!』 『…まぁ創作の世界に足を踏み入れるかは別として、久しぶりに出来合いのでも良いかもね…うちの近くのスーパー、確かそろそろ半額の時間だし』 『ギョーザ!あのこってり超えてぎっとりのギョーザ食べたい!』 『私も久しぶりに天ぷら食べたいかなー』 『半額で売ってるかなー』 『まぁ売ってなくても良いけれど』 『ほんとっ!?』 『うん、たまにはね』 『じゃあカツ丼も追加で!』 『食べ切れるの…?』 『…なんとか?』 「…あ、半額…」  手に取ったギョーザも、天ぷらも、カツ丼も、全部半額だった。  躊躇う事無く、かごの中に入れていく。 『んー!ご飯食べてからの創作楽しみー!』 「…そうだね…うん、私も楽しみ」  お会計を済ませ、スーパーを出て、歩き出す。  帰ろう。私達の家に。 「…ただいま」  部屋の電気を付け、買った物をテーブルに置き、その前に座る。 『食べよ食べよー!お腹減ったー!』 『…ちょっと買い過ぎたかな…久しぶり過ぎて感覚忘れちゃった…』 『大丈夫大丈夫!これぐらい軽い軽い!』 『本当良く食べるね…』 『創作も体力勝負だからねー!』 『そういうもの?』 『そういうもの!  それじゃあ…!』 「いただきます」  レンジで温めた物を食べ始める。  一口、一口、口に運んでいく。 『うっま…久しぶりに食べたけれど、こんな美味しくなってるんだ…』 『…ちょっと私もびっくり』  食べる。  黙々と、もぐもぐと。 『…あ、でも君のご飯には勝てないよ!?』 『慰め無用絶対超えてみせる…!』 『あらー…変なところの闘志燃やしちゃった…』  一瞬だけ、喉に詰まる。  麦茶で流し込み、食事を再開する。 『…ちょっと油っこい…』 『結構ずっしりくるね…ギョーザ、半分食べる…?』 『一人で食べ切るつもりだったの…?』  やがて、食事は終わる。  全部食べ切って、手を合わせる。 「…ご馳走様でした」 『ご馳走様でしたー!食ったー!』 『結構お腹いっぱいになるね…』 『…あ!』 『どうしたの?』 『そーいえば使ってない端末一個あった!』 『…それがどうしたの?』 『それなら君も書けるかも!』 『…とりあえず、どこにあるの?』 『押し入れの中!黒いやつ!』 『ええと、黒いやつ、黒いやつ…』  押し入れの中から黒色の端末を出し、電源を入れる。  …良かった。電源、生きてた。 『…でも小説って、どうやって書くの?』 『ええとね、書き方はね…』  あの人に教えて貰った様に、書き進める。  書いて、書いて、書いて、書いて。  ひたすらに、一心不乱に書いて。  どれぐらい時間が経ったか、分からないけれど。 「…………できた」  あとは最後の文章を添えて…よし。これで完成だ。  ようやっと書き上げたお話、それが収められた端末の電源を落とし、テーブルの上に置く。  出掛ける前準備していたそれに、手を掛け、顎を掛け、首を掛け。 「…ううう…ううううう…うううう…!」  声を噛み殺し、奥歯を噛み締め、ぎゅっと閉じた目から、ぼろぼろ、ぼろぼろ、大粒の涙が零れ落ちていく。  あなたを追いかければ、私は、  あなたにもう一度、会う事ができますか?
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