跡追い

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跡追い

 ワタシが宮ノ森真(みやのもりまこと)に成ってから五年の歳月が流れました。月日が経つのはあっという間で、最初は上手く馴染めるか不安だったけど誰にも疑われることなく平和に過ごしていました。  実体を得てからは素晴らしい体験ばかり。指をくわえて見ていることしかできなかった友人とのお喋り、豪勢な料理、彼氏とデートを思うがままに楽しめている。こんなに最高で素敵な生活を手放すことなんてできない。ワタシは老いて死ぬまで人間の生活を楽しむつもりです。  さて、今日は休日。仕事の疲れを癒すためにショッピングを楽しみ、カフェに行って先日新発売された絶品と噂の白桃スムージーを飲む――というのは建前。本当の目的はアイツをミツケルこと。    今日こそ ツカマエル  そしてお気に入りの口紅を返してもらって、二度と出てこれないように……。朝のルーティンを終わらせていざメイクしようと化粧箱を覗くとお気に入りの口紅がなくなっていたのです。もう許せない。  ここ最近、物がなくなることが増えています。最初は寝ている間や留守にしている間に忍び込まれていると思っていろんなところに監視カメラを設置したけど成果はありませんでした。人間の仕業じゃありません。無駄な買い物でしたね。先日は歯ブラシ、一週間前は靴下、一ヶ月前はハンカチとよく使う物がなくなっていきました。こうなった原因は――半年前にアイツを見たからだ。  半年前、電車で通勤しているとき、列に並んでいると右から視線を感じました。右側にはエスカレーターがあって常に人が行き来しています。  知り合いがワタシを見つけて視線を送っていると思って声をかけられるまで待っていたけど一向に話しかけてきません。電車が来てもまだ視線を感じる。  一体誰なんだとエスカレーターを見ると、ワタシがいた。  昇りのエスカレータのちょうど真ん中。  ワタシを見ている。  みんな真っ直ぐ上を見ているのにワタシだけが見下ろしてワタシを見ているのです。誰も注意をしません。それどころかそこに人がいると気づいていないようでした。なのに一人分の隙間が空いているのです。そこに誰かが乗っているかのように。  やがてワタシは電車に乗る人たちに押されて乗車しました。人で埋め尽くされた車内でも視線を感じましたね。窓が見えない位置まで流されてしまったから確認はできなかったけどきっとずっとワタシを見ていたのでしょう。視線は発車するまで注がれました。  その日から家の物が少しずつなくなっていきました。最初はキーホルダーや大量に貰ってしまったポケットティッシュなどなくして困るものじゃない物だけだったのに、最近は生活必需品がなくなっています。明日には靴や服が消えてしまうのでは――少しずつ自分が削られていってるようです。  怖い。  自分は、元々は宮ノ森真のドッペルゲンガーでした。本物に成ってから消えるのが怖いと思うようになったのです。実体のないドッペルゲンガーだったのにおかしな話だと思いますよね。  奮い立たせようとしても容赦なく恐怖はワタシを塗りつぶそうとしてきます。そうだ、怖いのなら原因を潰せばいいのです。ワタシを見つめているワタシの正体を突き止めましょう。  あれは誰でしょう。もしかして元になった宮ノ森真? いや、アレは確かに消滅してワタシが本物になったのだから違いますね。考えても答えは出ませんでした。いま持っている情報では正体なんてわかりそうにありません。  ミつけたらオいかけよう  ずぅっと怖がって過ごすのはキライです。  しかし決意したのは良いけど今日までワタシは姿を現しませんでした。半年も経てば決意が揺らぐのも無理はないでしょう。でもここで諦めたらお気に入りの口紅は返ってきません。  外出用の服はまだ無事。買ったばかりの服で体を包み、晴天の中で気分よく――出かけたかった。    目的のお店。  イナイ  思う存分コスメを買ってカフェに行く。  ココニモイナイ  絶品白桃スムージーはまろやかな味でとても飲みやすかったです。会社の桃好きの同僚に教えてあげましょう。さて、次は――。  シセン  視線を感じた瞬間。ドン! と大きな力が左肩にぶつかり、バランスを崩した隙にカバンをひったくられてしまいました。すぐさま体勢を立て直してひったくり犯を追いかける。  アイツダ  ひったくり犯はワタシでした。遭遇したときのことを考えてヒールを履いてこなくて良かったです。  追いかける  追いかける  オイカケル  見覚えのある交差点にさしかかる。ワタシは赤信号で止まっています。今がチャンス。  捕らえようと手を伸ばす。  しかし捕まる前にワタシは横断歩道を駆け出しました。車が次々とワタシをすり抜けていきます。このままでは逃げられる。  ワタシの後を追って横断歩道に侵入する。  ワタシは笑っている。車が”ワタシ”をすり抜けている?  ――ワタシ?  実体を得たワタシは――。  方々から悲鳴が上がる。  そうだ、この横断歩道は、ワタシが宮ノ森真を殺した場所だ。あの時は、ワタシも笑って宮ノ森真を見ていました。  車のブレーキ音が鼓膜を揺さぶった。
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