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第一話 甘い雨
買い物に行った帰りだった。
マンガ雑誌を買いにコンビニに行って、ズシリと重いエコバッグを肩にかけて歩いていた。
足元では水たまりの水がはねて、履きつぶしたスニーカーをびしょ濡れにしていた。
靴下が濡れて気持ち悪かった。
公園の横を通る時、ふと、ビニール傘越しに公園の中を見た。
この雨の中、ベンチでうなだれている少年がいた。
……僕は、根っからの陰キャだった。
だから、この行動は、魔が差したと言っていい。
雨で濡れていた少年に、僕は傘を差し出して言った。
「……風邪引くぞ」
顔を上げた少年の目は、雨のせいか濡れていた。
「……ありがとう」
そういうと、少年は笑った。
ーーそれが、僕と優の出会いだった。
○
「悪いなー! 風呂まで借りて」
……なんか、キャラが違くないか?
さっきまで泣いていたヤツとは思えない。
少年に仕方なく声をかけた僕は、そのまま少年を家に連れてきた。少年が、
「家にはまだ帰りたくない」
と言ったからだった。
とりあえず、風呂に入れることにした。幸い、家には誰もいなかった。いろいろ聞かれると面倒だからである。
「で、お前の名前なに?」
「俺?」
他に誰がいる。
……誰かいるのか? 僕には見えていなくて、こいつには見えてるモノとか、実はいるのか?
「……塩ふっとくか」
「なんで!?」
少年は塩を多めにまく僕を、不思議そうな顔をしてみていた。
「で、お前の名前は?」
「ジャック・ブライトン」
「純日本人にしか見えねえぞ」
「特殊メイクしてるから」
「お前風呂上がりだろうが!」
「冗談だよ。二神(にかみ)優(すぐる)だ。よろしく」
「僕は一宮(いちみや)裕司。よろしく」
二神が、手を差し出してきた。僕は無視した。
ビンタされた。
「なにすんだよ!」
「握手、無視されたから」
「僕は潔癖症なんだよ!」
「これから俺が手を差し出したら握ること」
「そんな機会は二度と来ねえよ!」
握手なんて初対面でしかしねえわ!
……疲れた。
「なんか食うもんあるー?」
二神が、冷蔵庫を勝手に開けて物色しながら言った。
「ハウス」
「今家の中にいるだろ」
「お前の家に帰れバカ!」
「それは嫌だ」
無表情で言われて、僕は黙るしかなかった。なんか訳ありみたいだし。
「……チャーハン作ったから食え」
「え? マジで!? お前が!?」
テンションの浮き沈みが激しすぎるヤツである。
こういうヤツとは二度と会いたくねえな……。
あとで玄関に塩を盛っておこう。
僕は二神の前にチャーハンを出した。
焦がしニンニク入りのしょう油味である。
特に特徴のない料理だ。誰でも作れる。
「なにこれ! 超うめえ!」
……はずなのだが、二神はえらく感動していた。
なんならまた泣いていた。
「……大丈夫か?」
主に頭。
「待て、味を一生忘れたくないから今は話せない」
……だいぶヤバそうだった。
家族は普通に食べるのに。おいしいと、妹は時々言ってくれるが。そういや二神、妹とテンションの高さが若干似てるな……。
ふたりそろったらうるさそうだった。
……もう会うこともない相手だから、どうでもいいか。
そうこうしている間に、二神はチャーハンを食べ終えた。
「……味、覚えたか?」
「ああ。来世まで覚えてる自信がある」
逆に迷惑だった。
外を見ると、雨は止んでいた。
「そろそろ帰るわ。この恩は来月まで忘れない」
「ずいぶん短くなったな……」
来世とか言ってたのに。
「じゃあな! 一宮!」
「……ああ」
手を上げて去る二神に、僕も手を上げて答えた。
もう、二度と会うこともないだろう。
ーーそれが、中三の春休みのことだった。
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