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第三話 天使の毒
「裕司ー、移動教室一緒に行こうぜー」
「……なんでだよ。他のヤツと行けよ」
「今はお前の気分なんだよー」
「重いからのしかかってくるな!」
「裕司ー、昼一緒に食わねえ?」
「いいけど、もう僕の肉うどんの肉取るなよ。かけうどんじゃねえか」
「裕司、宿題見せろー」
「それが人にモノ頼む態度か? ……いいけど丸写しするなよ」
「……二神くんと一宮くんって、仲良くない?」
「むしろ、良すぎるっていうか、甘すぎてごちそうさまっていうか……」
「二神くんが左だよね」
「あ? どう見ても一宮くんが左でしょ」
「女子たちがまた意味わからん会話をしてる……」
「知らないほうが人生的にいいぜ」
「そういえばお前の姉貴、この前イベントに……」
ざわつく教室の中。
クラス1の美少女である三田ゆず子は、談笑している一宮たちを見て、ギリ、とわずかにくちびるを噛んだ。
○
その日、二神が風邪で授業を休んだ。
宿題のプリントなどを、担任の教師は一宮に頼んだ。
一宮がプリントの束を持って職員室から教室に戻ると、ひとりの少女がたたずんでいた。
「……三田さん?」
三田ゆず子が、夕暮れの逆光の中で、微笑んでいた。
一宮は、背筋がなぜかゾクリ、とした。
それほどの強者の、まるで圧倒的な笑み。
ライオンが、子ウサギを目の前にして、舌なめずりをしているような。
一宮は、プリントの束を、床にばらまいてしまった。
「あ……」
一宮は我に返り、床のプリントを集めた。
「大丈夫? 一宮くん」
「あ、うん……」
手伝おうとした三田の白い手が、一宮の手に触れた。
そのまま一宮の手は、つかまれた。
一宮は、心臓の鼓動が跳ねたのを感じた。
誰もいない教室。夕暮れの薄暗い光。三田の冷たい手。
一宮は、心臓の音がうるさかった。
「……一宮くん」
「……なに?」
三田は、一宮を見つめて言った。
「二神くんのこと、好きなの?」
「……え?」
一宮は、思ってもいなかった言葉に、思わず聞き返した。
「あたし、二神くんのことが好きなの」
好き、という言葉が、なぜか一宮の心臓に突き刺さる。
こんな美少女が。
二神のことを好き。
ーーそんなの、勝てっこないじゃないか。
僕には、キレイで長い髪も、かわいらしい顔も、女の子らしい体も、なにもないんだから。
あるのは、棒っきれみたいな、やせた体だけ。
そんなただの男が、こんな完璧すぎる美少女に勝てるわけない。
三田は、肉食獣の目をしたまま、かわいらしく微笑む。
そして、一宮にとって、残酷すぎる言葉をつむぐ。
「男の人同士の恋愛に、偏見は別にないけど」
「少なくとも一宮くんは、二神くんに釣り合わないと思うの」
あくまで主観だけど、と、三田は首をかしげてみせた。
その仕草の可憐さが、反論を許さない。
「……そう、だね……」
一宮は、口の中が渇いていたが、なんとか言葉を吐いた。
「僕も、二神くんには、三田さんがお似合いだと思うよ」
そう言って、笑うことができた。
三田は、それを聞くと、にっこりとまた笑い、
「ありがとう。一宮くんなら、わかってくれると思った」
と言い、教室をあとにした。
夕焼けの光も途絶えようとしている薄暗い教室の中で、
一宮のすすり泣く声だけが響いていたのだった。
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