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#4  キッチンの椅子に、ジェイムスとケイトはテープ越しに向き合って座っていた。  ケイトの前に置かれたグラスの水は、三分の一も減ってはいなかった。喉が渇いていなかったことはジェイムスにもわかった。  彼女は足を組み、キッチンを目でぐるりと見渡す。 「ご家族はお出かけ?」  彼は頭を横に振る。 「一人暮らしだ」  ケイトが眉と口角を同時に上げる。 「こんな所に一人暮らしだなんて。お寂しくはないかしら」 「一人には慣れている。ずっと一人だと、寂しいなんて感情は死んでしまうもんだ」  ふうんと、ケイトは声に出さずに頷いたが、彼の言葉は真実ではない。寂しさに慣れてしまっていただけだ。ジェイムス自身、気づいてはいなかったことだが。    ケイトは大きめの鞄からスッと何かを取り出し、さりげなくテーブルに置いた。 「実は、あなたにとって、とってもいい話を持ってきたのよ」  テーブルに置かれたのは、A4サイズのファイルだった。表紙には『ロイヤルダッチシェルの実績』と記されていた。  ジェイムスがそれをじっと見つめる。薄々、何かのセールスだろうとは思っていた。 「まわりくどいことは嫌いなタチだから、単刀直入に話すわね、ジェイムス」 「それは助かる。この後でやることがあるんでね」  嘘だった。ジェイムスが今日することは、玄関の蝶番を直すくらいだった。10分もかからない。  ケイトは、テーブルに置いた資料を開き、自分の会社について説明し、さらに、室長としての自分の成功事例を話し始めた。  端的でわかりやすく、無駄のない説明だった。この若さで大企業の室長まで上りつめただけある、とジェイムスは思っていた。  成功する女は、無駄なことは言わない。  説明は、表紙のタイトル通り、会社の実績、主に油田開発の事例に費やされた。  しかし、そんな彼女がなぜこんな辺鄙な場所の行き止まりの一軒屋を訪れたのかだけは、一向に掴めないでいた。 「すごい会社だってことはわかったが、それと俺にどんな関係があるんだ」  ケイトが資料をパタンと閉じる。 「話のメインディシュは、ここからよ」 「それは、うまい話ってことかな」  彼女が意味深に微笑んだ。 「そう、極上のメインディシュよ」
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