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あと3分
#5
ケイトの話(メイディッシュ)を聞きながら、ジェイムスは次第に話に集中できなくなっていった。何が目的なのかわかったからだ。そしてそれは、彼にとって、まったく興味がないことだった。
「話の途中で申し訳ないが、もうけっこう」
ジェイムスの言葉にケイトは、肩をすくめ、片方の口角を上げた。
「みんな最初はそう言うわ。でも、最後には私たちの提案を受け入れる。なぜかわかる、ジェイムス」
ケイトの話はこうだ。
石油の発掘調査(主にリモートセンシングや航空写真解析)をしたところ、石油地質評価として、ジェイムスの土地が極めて石油が出る確率が高いことがわかったというのだ。
簡単にいえば、ジェイムスの土地を売って欲しいというものだった。
「寝耳に水とはこのことだ。しかし、俺はこの土地を売る気はさらさらない。帰ってもらおうか」
「あと3分だけ私の話を聞いて。3分なら聞いても損はないはずよ」
強引な女だと思ったが、その美貌が不愉快さを打ち消した。
「3分だな」
「そう、トイレに行って帰ってくるより短い時間」
「俺はそんなにかからんがな」
ケイトはジェイムスの話を受け流して言った。
「この土地の相場を知ってる?事前に調べたんだけど、どんなに高くても、これだけ」
ケイトはいつのまに小さめのノートをテーブルに出していた。それを開き、滑らせるようにジェイムスに見せた。
「そうだろうな」
ノートに視線を落として言った。土地の相場は知っていた。二束三文だ。
ケイトはノートに手をかける。
「私たちなら、この土地をこの値段で買うわ」
ページがめくられる。
ジェイムスはそこに書かれた数字に、自分の目を疑った。
先ほどの不動産価値に、丸が2つ増えていた。この辺なら山ひとつ買える金額だった。
ケイトがジェイムスの顔を覗き見る。
「このお金があれば、マンハッタンの一等地のマンションのペントハウスも買えるわよ、ジェイムス」
確かに、そうだろうとジェイムスは思った。母親の10本の指輪を売った金額に近い数字だった。
ケイトは畳みかけるように言った。
「失礼に聞こえたらごめんなさい。あなたはこの土地を売るだけで、いまのような孤独な生活とおさらばして、リッチマンになれるということ。人生が180度変わるということ。どう、こんなおいしいディナー、食べたことある?」
彼は、ノートから視線を上げ、窓の外を見る。
春のうららかな日差しが、曇った窓ガラス越しに差し込んでいる。
この土地に家を買って20年以上が経っている。家族はいなかったが、充分満足だった。
ジェイムスは視線をケイトに向けた。彼女は勝ち誇ったような、不適な笑みを浮かべていた。
「申し訳ないが、俺は毎日、美味い夕飯を食って来たよ」
ケイトの笑顔が、強張る。
「ちょっと待って。あなたこの金額・・・」
「ケイト、もう3分は過ぎている」
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