あの星を追いかけて

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「またダメだったんだって?」  しょんぼりして事務所に戻ってきた星鳥の顔を見て、事務員の星野が笑う。目が子鹿みたいにクリクリして、エクボがチャーミングな女性だ。とても二児の母親には見えない。 「まあ、最初はしょうがないよ。練習と実践を繰り返して、少しずつ取れるようになっていくんだから。俺もそうだったし」  コーヒーを差し出しながら優しく慰めてくれるのは星間だ。近所のおばさま方に評判の甘いマスクで微笑まれると、ついコロッといきそうになる。彼は星崎と同期で、中里エネルギーサービスのもう一人のエースだ。 「いうて、もう一ヶ月やぞ。そろそろクズ星の一つや二つでも取ってもらわな困るわ」  シャワーを浴び、作業服から制服に着替えた星崎が、首から下げたタオルで頭をワシワシと拭きながら、椅子に腰掛けた。 「社長もそれを期待してお前を雇ったんやぞ。なんせ、星を取るために生まれてきたみたいな名前しとんねんから」  星崎の言葉が、胸に刺さった。  星鳥がこの会社に入ったのは、ひとえに社長である中里の温情があったからだ。そしてその理由が、星崎の言う通り、名字のおかげだということもわかっていた。  中里と初めて出会ったのは、ちょうど三ヶ月前。就職面接に立て続けに失敗して、公園で一人泣いていた時である。 「なんで泣いてるの?」  星鳥の顔を覗き込んだのは、小柄で柔和な顔つきをした老年の男だった。もはや瞳も見えないほど細い糸目をさらに細めて、こくんと首を傾げる姿は、まるでお地蔵様みたいだ。  今思えば、心底弱っていたんだと思う。まるで仏様に縋り付く哀れな罪人みたいに、星鳥は己の現状を全て吐き出していた。  いつも面接で落とされること。  バイトで学費を稼いでいるため、就職浪人は出来ないこと。  そもそも、喧嘩して田舎を飛び出してきた手前、親元には戻れないこと。  中里はそれらを最後まで聞き終えると、鼻水を垂れ流す星鳥にティッシュを差し出し、優しげな口調で言った。 「星に興味ある?」  その時は、プラネタリウムがある科学館の職員だと思った。しかし、この事務所に通されて、それは間違いだったとわかった。  星を取るのは体力勝負だ。需要の割に、就職を希望する人間は少ない。何せ主戦場は成層圏だ。危険も多く、その仕事のキツさから離職率も高いという。  けれど、もう後のない星鳥にとっては、就職できるなら何でも良かった。それに、拾ってくれた中里に恩を返したい気持ちもあった。 (なのに、何も貢献できてない)  胸の中をじわじわと焦燥感が広がっていく。わいわいと雑談を始める先輩たちを尻目に、星鳥は唇を噛んだ。
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