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彼は階段を降りていた。
一段の幅がとても狭く、つま先が乗る程度しかない上に傾斜も急な、とんでもない階段だった。そんなところを、彼はそろりそろりと、降りている。
空間は広さを感じるが辺りは暗く、視界は悪い。酸素が少ないような、妙な息苦しさに胸が締め付けられる。体が重く、動かすのがひどく億劫で、一歩踏み出すのにとてつもない労力が要求される。
それに反して、奇妙な浮遊感もあった。地に足がつかない不確かさ。足裏の感覚を信頼できない頼りなさに苛立つ。まるで水中か、経験したことはないが無重力空間に置かれたような。
けれど、この感覚には覚えもあった。
これは、ひょっとして――
「あっ」
答え合わせをしようとした瞬間、彼は足を踏み外してしまった。
ひとつ下の段に着くはずの足は、しかし、虚空に引きずり込まれる。
足元の感覚が消え失せ、思い出したかのように重力が牙を剥く。
彼はそのまま、どこともしれぬ奈落へ落ちていった。
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