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第三十七話 獣たちのご神体
「あなたは……」
私が声をかけると、男性は立ちあがって私たちに一礼し「伊妻勇吾といいます」と言った。
「探偵さん、この方が「ほこら」の管理人さんです」
勇吾の傍らにいたリサが、興奮した口調で説明を始めた。
「わかってる、修吾さんのお父様ですよね?」
「修吾を知っているんですか」
「ちょっとお仕事の関係で……それより『杖』は無事なんでしょうか」
「はい、ここにあります」
勇吾はうなずくとすぐ近くの収納ケースから『古代神獣の杖』とそっくりな一本の杖を取り出した。
「これが……」
私は絶句した。『古代神獣の杖』と対をなす『霊獣の杖』は、やはり先端に謎の生物の頭部が据えられていたからだ。
「あの杖とそっくり……」
「その通りです。双頭の生物である『純血種』は死ぬとき、自らの頭部をそれぞれ別々の杖に据えよと人間に言い残しました。この二本の杖は持つ者に単なる武術以上の「力」を与える物なのです。一本はわたしの管理する「ほこら」で、もう一本は杖斎先生の道場で我々の一生をかけて預かることになっていました」
「そのうちの一本はもう敵の手に渡ってしまった……」
「そのようですね。ですからこの『雷獣の杖』は何としても守らねばなりません。これは私たち人間だけの問題ではなく、同じように杖を守ってきた『神獣』――古代種たちの願いでもあるのです」
「いっそ、『神獣』に杖を二本とも返しちゃったらどうだい」
突然、私と勇吾の会話に割って入ったのは久里子さんだった。
「杖を獣に返す……」
「まあ、悪者に盗られた方を取り戻せたらの話だけどね」
「それはいい提案です。私は今回、息子のことで『古代種』たちに大変な思いをさせてしまいました。返すとしたら、『古代種の聖洞』に戻すのが一番でしょう」
「なんです、それ?」
「古代種たちの「聖域」――人間が決して足を踏み入れてはならない禁忌の場所です」
「あっ、それ監督から聞いたことがあります。その洞窟の噂を聞いて今回の映画の脚本を書いたって言ってました。もし実在する場所なら、そこでラストシーンを撮りたいと……」
「でも仮に実在するとして、いったいどこにあるのかしら……」
「……それに関しては、私に心当たりはあります」
押し殺した口調でそう切りだしたのは、勇吾だった。
「私が管理する「ほこら」は崖の中腹にある洞窟なのですが、その一番奥に急勾配で地底に降りてゆく竪穴があるのです。その底には恐ろしいほど巨大な地下空洞があり、もう一体の『純血種』がいるとも言われています」
「もう一体の『純血種』ですって?」
「はい。その存在は『古代種』たちにとってのご神体であり、容易に触れることをためらう聖域なのです」
「どうやら『グライアイ』に人工の『純血種』を造ることを諦めさせるには杖を取り戻してその大空洞とやらに奉納するしかなさそうね」
「あたしはそんな場所には行かないで「ほこら」で返した方がいいと思うけどねえ」
「どうしてですか、久里子さん」
「だいたい禁忌とか聖域なんてものは触れちゃいけない、行っちゃいけないってことだろう?そんな所にわざわざ行っても碌なことにならないのは目に見えてるじゃないか」
「たしかにそうかもしれないですけど……」
私は思わず口をつぐんだ。まあこの問題は『古代神獣の杖』を取り戻してからゆっくり考えてもいい。
「とにかく私たちがやるべきことは『雷獣の杖』を守ること、そして『古代神獣の杖』を取り戻すこと。今はそれだけを考えましょう」
私が自らを鼓舞するように言い放った、その直後だった。突然、扉の向こうで「ごぼっ」という奇妙な音が響くと、次の瞬間、扉の下から水らしきものが室内に侵入してくるのが見えた。
「うそっ、なんでこんな場所に水が入って来るの?」
私が叫び声を上げた途端、扉が開きあり得ない量の水が中にいる私たちに襲いかかってきた。
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