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第三十八話 オクトパスの日
大きくうねる水流に動きを封じられた私たちは、室内に積まれていた段ボール箱と共に否応なしに外に引っ張り出された。
「う……これっていったい……」
驚いたことに密閉には程遠いはずの廊下も腰の高さまで水に漬かっており、その奥で見たこともない生物がこちらを向いて漂っているのが見えた。
――ツエヲコチラニヨコセ
「なっ、なんなのあれっ」
私は回転する箱にしがみつきながら、仲間の安否を必死で確かめた。怪物と自分との間に見えたのは箱にしがみついているリサとあゆみ、そして二人に手を掴まれることでかろうじて流されずに済んでいる勇吾だった。
――久里子さんは?ヒッキは?
私は段ボール箱にしがみつきながら焦るあまりパニックに陥った。真っ先に助けなければいけない立場の自分が水に弄ばれている状況は、ふがいないとしか言いようがない。
――とにかく私も杖と伊妻さんを守らなきゃ。
私は自分に厳しいミッションを課すと、流れに抗うように手や足が触れている部分の水を掻いた。
だが近づくどころか私たちの距離はどんどん離れ、やがてひときわ大きなうねりが来たかと思うと勇吾たちの姿を一瞬で消し去っていった。
「いやーっ」
水面から体を半分ほど覗かせている怪物は、でっぷりとした海獣にタコがくっついたような異様な姿をしていた。お腹のあたりにあるマイナスネジのような目がこちらを見たと思った瞬間、ざばんと言う音と共に吸盤のついた触手が水面から姿を現した。
――伊妻さん!
触手が縛めていたのは、杖を握りしめたままの勇吾だった。まずい、と私は思った。このままでは杖と一緒に連れ去られてしまう! 私の全身を絶望が貫いた、その時だった。
「――ボス、避けて下さい!」
背後からの声に振り返ると、ビッグサイズの収納ボックスに乗った古森と久里子さんがボートのように水を掻きながらこちらに突進して来るのが見えた。
「その人を放しなさいっ!」
古森は怪物に向かってそう言い放つと、むしり取るように眼鏡を外した。
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