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序章
家財は運送屋に委託した。あとは身体だけ移動すればよいという段になった。
やれやれと嘆息する。来るべきものが来たのだという一種の安堵感なのか、それとも、またかという悔しさからきたものか。自分でも判別がつかない。
気づくと、辺りはもう薄暗かった。重く、暗い緞帳が、街全体を覆い始めたのだ。もたもたしていると、あっという間に闇の中だ。
三月ももうあと数日で終わる。東京ではとっくに桜が咲いているらしいが、東北ではまだまだ先の話だ。黒く固まった雪が道路端のあちらこちらに残っている。吐息も白い。
顔を上げ、押し迫る夕闇に包まれかけている、生気の抜けた家をしげしげと眺めた。ダムの放水により水底に沈んでいく家屋のようだと感じた。
ひんやりとした空気が、顔を押し包む。
これで見納めだなと思うと、これまでの思い出が、スライドショーとなって脳裏に現れた。出会った仲間、仲間と過ごした日々は、おそらくこれからも忘れないだろう。
「今回は長かったよね。七年? 八年?ひょっとしてこのまま生活が安定するのかなって思ったけど、やっぱり甘かったね」
母はどこか楽しげだ。
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