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「遠雷って、夏を告げる音に聞こえない?」
「……、すみません。えんらい、とは?」
「おおーっと? マジか」
私の質問に、牧くんが苦笑いして、黒板にチョークで大きく『遠雷』と書いてくれる。
ちょうどその時、遠くから大きな動物のお腹を鳴らしたような、ゴロゴロゴロゴロという雷の音が聞こえてきた。
「これ?」
「そう、これ」
音を示すように首をかしげた私に、牧くんはその通りとうなずいた。
「もうすぐ、雨降っちゃうかな」
「どうだろ? 三原が、とっとと写してくれたら、オレも帰れるんだけど」
私の前の席に後ろ向きに座り、まだ半分真っ白な私のノートを覗き込んで牧くんはからかうように笑う。
牧 優斗くん、彼はうちの学年で一番頭がいいんじゃないかって噂されている男の子、ついでにイケメンだ。
放課後の教室にそんな男の子と二人きり、だというのに。
ドキドキとか、ハラハラとか、そんな展開が一切ないのは悲しい。
ある意味で、ハラハラはあった。
だって、私は今日、クラスいちの悲劇のヒロインだったもの。
先週の火曜日から今日までの間に、提出するはずの宿題をやってこなかった私を見て、先生がこめかみをピクピクさせて冷たく言い放った。
「三原 紫陽花、先生はずっとお前が提出するのを何も言わずに待っていた、が……残念だ、タイムリミットだ。今日の放課後残ってやること、終わるまでは絶対に帰るなよ?」
なんて非情な通告だろう。
いや、先生、提出期限もうすぐとか言ってくださいよ!
忘れてた自分が一番悪いんだけどさ?
皆に助けを求めるも、部活だ、習い事だ、塾だのと「じゃあね、頑張れ、しょかたん」と笑って去っていく。
ガランとした教室を見回すと残っていたのは、牧くんのみだった。
目が合った瞬間、彼は自分が逃げ遅れたことに気づき、マズイものに見つかったというような顔をして、帰り支度をはじめる。
そんな牧くんの前に、私はあわてて立ちはだかった。
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