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『愛を込めて薔薇を』(花咲親子)
まさか日本に帰ってくる日が来ようとは。
もう二度と足を踏み入れることはないと思っていたが……
「花咲さーん、そろそろ準備お願いしまーす」
マジックショーのスタッフの声掛けを受け返事はしない代わりに、愛用のシルクハットとステッキを持って控室から出る。
ふぅーっと息を深く吐き出して、付けた白手の裾をギュッと引っ張っていたところ。
「パパ!」
声がした方へ向くと、
「みやこ、客席にいろと――」
「はいっ、これ!」
注意しようとした矢先。
差し出されたのは、一輪の白い薔薇。
「パパに、どうしてもわたしたくて……」
怒られることなんて、重々承知だったのだろう。
段々と小さくなっていく声に。
そして差し出された薔薇を前に、叱る気持ちはしぼんでいった。
同時に身体を強張らせていた何かもしぼんでいき、
「ありがとう。より最高のステージを、期待していてくれ」
そう言って被っていたシルクハットを一度下ろし、トレードマークの赤い薔薇の横に受け取った白い薔薇を飾った。
すると大きな目をより開き輝かせて、
「うんっ、がんばってねっ!」
返事はしなかった。
代わりに微笑み、通りかかったスタッフに席まで案内するよう依頼をした。
姿が見えなくなるまで見届けてから、再びステージに続く廊下を歩き出す。
何処にいようと、最高のショーを送り届ける。
あの子が観ているのなら尚更、手を抜くわけにはいかない。
――さぁ、魔法にかかる時間だ。
(6月第3日曜日 『父の日』より)
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