『道化作家の死』(透 独白)

1/1
前へ
/14ページ
次へ

『道化作家の死』(透 独白)

 ある作家が死んだ。  愛人との入水自殺だったそうだ。  「彼の作品、結構気に入っていたんだけどなぁ」  タヌキの身ではある上に齧る程度だけど、人間の書く文学を手に取って読むのは好きな方だ。  彼の場合。良くも悪くも、人間の弱さや醜悪さをさらけ出した――今までにない斬新な描き方をしていた。  時には太陽のような眩しい人間讃歌を書いたかと思えば、地底の果てのような暗い自伝的小説を書いたりもする。  1人の作家でありながら多様な書き方をして、“共感”という錯覚の沼に陥れる。  まるで、甘く心地の良い香りを放ちながら誘う恐ろしい妖花の口の中へ入りかけるような気分だった。  「なんて、僕らしくないか……」  「透さん?」  「ん、何でもないよ。ご飯にしよっか」  ひょこりと頭を出してきたみやこちゃんに、そう言いながら起き上がる。  もう少し、書いてて欲しかったな。  面白可笑しい、“人間(道化師)”たちの物語を。 (6/19 『桜桃忌』) .
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加