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とあるバンドが音楽性の違いで解散した。音楽性の違いで喧嘩できるほどに対等な関係が心底羨ましかった。私が悠李と音楽をやらなくなったのはそんな高尚な理由ではなかった。
悠李と二人で音楽を作っていた。社長令嬢の悠李は教養として幼少期から音楽に触れる生活をしていたから私よりも格上だった。嫉妬する気すら起こらないほどに心酔していた。彼女は何でも持っている人だった。
青春の全てだった悠李と仲違いしたのは、思春期の女子にはあまりにもありふれた理由だった。ドラマにもならないくだらないいざこざで、永遠に続くはずの2人の物語は終わった。
たぶん、謝れば許してくれた。きっと元通りになれた。でも、意地を張ったまま絶交してしまった。
どうしてこうなったという後悔とこれで良かったんだという正当化する感情が自分の中でぶつかりあって、堂々巡りしたまま何年も経った。
また昔のことを思い出してしまった。最近、あの頃の夢ばかり見るからかもしれない。
結局悠李がいなくなったが、必死で努力して音楽で生きる道を選んだ。1人でもやっていけるんだと誰かに証明したかった。しかし、待っていた世界は残酷だ。競争に次ぐ競争で、周りには自分の上位互換ばかり。コンペは今何連敗中だっけとため息を漏らす。
そして、一番つらい現実は創作を生業としない人間にだって私の何百倍も才能がある人はいくらでもいるということだ。悠李のように。過去の悠李に対する今更ながらの劣等感が呪いになっている。
分かっている。この業界に向いていないことなんて。悠李が見せてくれた束の間の夢のせいで自分にも才能があると勘違いしてしまった。
もしも悠李と今も組んでいたら今よりもう少し明るい景色が見られたのかな、なんてありもしないifを想像してしまうのはきっと病んでいるからだ。自分の手でその未来を跡形もなく焼き払ったくせに。
またコンペに落ちた。このまま何も成し遂げずに朽ち果てていくんだろうなと思うと虚しくなった。今の名前も私も全部捨ててどこかに消え去ってしまいたかった。
みじめついでに、エゴサーチとストーカー行為。私の名前で検索しても大したことは出てこない。三流の私らしい。そして、悠李の名前を検索する。何度調べても悠李は俗っぽいSNSなんてやらないから足跡が掴めなくて、住む世界が違ったことを実感して自己嫌悪に陥る。
会いたかった。ごめんねって言いたかった。でも、今の私じゃ悠李に会えない。成果を出さないと。悠李に名前が届くくらい有名にならないと。
ある日、ついに創作そのものが辛くなって、現実から逃げ出したくなってどうせ見つからない悠李を探した。でも、今日は違った。悠李は親の会社を継いで若くして社長になっていた。
私の中に生まれた小さな決意。悠李に会いに行く。荷物をまとめた。もし、会えなかったらこのままどこか誰も私を知らない場所へ消えてしまおう。
これじゃあ本物のストーカーだなと自嘲しながら、悠李の会社のビルの前で待った。2人の思い出の曲を口ずさむ私はまるで道化だ。
自動ドアが開いて、パンツスーツに身を包んだ悠李が出てくる。私はあの頃と大して変わらない格好をしている。悠李と目が合った。
「もしかして歩夢?」
一瞬驚いた後、すぐに微笑みかけてくれた。ちゃんとしゃべる練習をしてきたのに、第一声はあまりにもひどかった。
「ごめんなさい」
ひたすら謝り続けた。泣きながら謝った。悠李は困ったような顔をしたが、あの頃のように優しかった。
「全然怒ってないのに。ここじゃアレだから、うちにおいでよ。車出すから」
永遠に敵わない悠李。雲の上の悠李。無理だと分かっているけれども悠李のようになりたかった。世界に序列があるならば、私と悠李の間に何万人いるのだろう。私はそのすべての人が羨ましかった。その現実が辛くて、ずっと消えたかった。
悠李の家で、ここ最近私が作った音楽を二人で聴いた。
「いいじゃん」
大人たちから否定されたその曲を、悠李が肯定してくれた。その瞬間、せっかく落ち着いたのにまた涙が溢れてきて悠李を困らせた。
「泣かないでよ、いじめてるみたいじゃん」
苦笑いしながらレースのハンカチで涙を拭ってくれる悠李。
「そっかあ。でも歩夢は音楽でご飯食べてるんだね。すごいよホント。せっかく会いに来てくれたからまた一緒に曲作ろうって言おうと思ったけど、プロ相手に……」
「やりたい!」
陸上選手も真っ青なスピードで悠李の申し出を受け入れた。願ったり叶ったりだった。
「え、でも忙しいんでしょ?」
「悠李に憧れてこの道選んだんだから責任とってよぉ」
いらなかった。富も名声も。
いつの間にか忘れてしまっていた。放課後の音楽室で、悠李と2人で曲を作るのが楽しかった。あの時間が宝物だった。悠李がいれば他に何もいらなかった。
劣等感と承認欲求に圧し潰されて、ぐちゃぐちゃにされた音楽が好きだという気持ちを、あの日の私が拾い上げて修復する。
「それじゃあ、久々に一曲入魂と行きますかっ!」
悠李にあるいは音楽に対する私の不器用なI love youを受け止めて悠李がキラキラした顔で笑う。
今がこの10年で1番幸せな瞬間だ。この楽園を今度こそ二度と手放さないと神様に誓った。
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