矛盾

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"春輝!" 後ろ姿でもわかる 何度も抱きついた大きな背中 白いシャツを着た彼から ふわっと彼の匂いが舞った気がした "紗耶…" 突然の出来事に驚く彼 振り返った先の私の顔まで その距離たったの15cm "もう…随分探したんだよ" 少し膨れ顔をしてみせる私 "どうしてこの場所に…" 未だに状況の掴めていない彼 はぁとため息をつきながら 彼から腕をほどく "私がここまで来た理由、わかるよね?" ゆっくりと向き直る彼に 私は言葉を続ける "読んだよ、手紙" はっとした彼は その瞬間に俯いてしまった "そんなに仕事が辛いなんて…どうして教えてくれなかったの?" 黙り込む彼 "私じゃ頼りなかった?それとも遠距離だから?" 彼は何も言わない "電話越しに突然別れようなんて…確かに、この間喧嘩はしちゃったけど、私は…" ここまで言ったところで 彼が話を遮った "俺はっ!俺は………もう疲れたんだよ" "それは電話でも聞いたよ。でも、だから私が慰めに行くって…" "お前にはわからないよ!俺が…今までどんな思いをしてきたのか…" "なら、私にもわからせてよ!私はあなたの何?少なくとも、私はそんなつもりで春輝とずっと付き合ってない!" "だからって!だからってお前…ここに来る意味、わかってんのかよ…" 滅多に泣かない彼の目から 大粒の涙が溢れ出す "…そうよ。私だって…私だって、覚悟を持ってここまで来たんだから" そこまで言ったところで 私の目頭が熱くなる "私は…私には…春輝のいない人生なんて…一人残された人生なんて…生きていく自信、ないもん…" 彼の顔を見た私が泣いて 私の顔を見た彼が泣く 混ざりすぎて何色か分からなくなった心を 涙が優しく洗い流すみたいに 昔の綺麗だった頃の二人が 現実の私たちよりも先にキスをする "痛かったよ…" そう呟いた私を 彼が勢いよく抱きしめる "ごめん…ごめん………ごめん" 耳元で彼が呟く そのひとつひとつに 私の返信を送り返す "電話で嫌いって言ったくせに…どうして…どうして手紙にはあんなに大好きって書くの………幸せになってほしいなんて…忘れて欲しいなんて…最後までそんな…強がって書いたような言葉だけ残さないでよ…" 私が気持ちを重ねるたびに 彼の抱きしめる力が強くなる 久しぶりの彼に包まれながら 私は赤くなった彼の首に触れる "春輝も、痛かったよね…" そう言って 背伸びした私は彼の首にキスをする … しばらく抱き合う二人 言葉はなくても ずっと会っていなくても 胸の奥であたためてきた気持ちは変わらない たとえ 昔みたいな温もりを感じられなくなっても … それでも抱き合う二人 ハグをしても キスをしても もう頬があかね色に染まっていくことはない 胸に耳を近づけても どんな静寂な空間にいても 二人の刻んできた音が聞こえないのと同じように … 優しく私を離した彼は どこか幸せそうで どこか寂しそうな顔をしていた "やっぱり、俺はそれでも紗耶に…" そう言いかけた彼の口を また私の唇で塞ぐ "もう、どこへも行っちゃやだよ?" 黙って私をまた抱き寄せる彼 …ごめんね 彼が私に隠した涙は 私の前髪を濡らした
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