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③ 乳飲み子は、悲憤の涙で後ろ髪をつかむ
塔子が目を開ける。まだ夜は深いようだ。
トイレに行くために頭を起こそうとした時だった。後頭部に抵抗を感じた。後ろ髪を引っ張られているようだ。体を起こせない。体を横にして振り向くと乳飲み子の司郎が塔子を見ている。しかも小さな左手を伸ばし、小さな指を塔子の長い髪に絡みつけていた。
「司郎ちゃん、目が覚めたの? ちょっと髪の毛を放して……」
司郎が、指の一本一本に髪を絡めるようにして、強くつかんできた。さらに自分の方に引き込もうとしている。
「ちょ、ちょっと司郎ちゃん。痛いって!」
塔子は、髪の毛をほどこうと司郎の手を取った。この髪の毛のつかみ方。その時、塔子は思いだした。以前にも全く同じように、その指に髪を絡ませつかむ者がいたことを。
「まさか……」
デジタル時計は、午前2時00分。司郎の大きく開いていた目から涙が流れ出ると同時に、表情が見る見るうちに険しくなった。涙は流しているが泣き声はあげずに口をへの字に曲げている。塔子は、怒りの表情であると確信した。司郎は、怒っている。それも涙を流し歯をくいしばって。髪の毛をつかんでいる手にさらに力が加わる。
「いたたた。ちょっ、やめて。あなた司郎ちゃんじゃない! 翔貴ね!」
さらに涙を流し、悲しげな声を出しながら抱きつこうとしてくる司郎。
塔子は、乳飲み子の両手を取って引き離した。司郎の小さな指には、塔子の髪の毛が数本絡みついていた。
「翔貴! あなたはもう死んだのよ! もう私を苦しめるのはやめて!」
息を荒げ。仰向けにした司郎の両手をベッドに押し付け叫ぶ塔子。
「塔子! 何してるんだ! やめろ!」
ただならぬ物音に目を覚ました洋一が、背後から塔子の腕をとった。はっと気が付いたように司郎から離れる塔子。
洋一は塔子を抱きしめ、ベッドの上で乳飲み子を前にして沈黙した。
司郎は、いつの間にか眠っている。
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