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④ お前をどこまでも追いかける
塔子の呼吸が落ち着いたのを見計らって、洋一が言った。
「どうしたんだよ。何があった?」
「アイツよ。翔貴が私を追って来たきたのよ! 司郎に生まれ変わって」
「はあ? 翔貴って、塔子の元カレのDV(ドメスティック・バイオレンス)男だよな。確か交通事故で死んだって言ってたっけ……」
「うん……。私、翔貴の事は洋ちゃんに全部話したと思っていたけど、一つだけ言ってなかったことがあった」
塔子は、以前洋一に話した翔貴の事を、振り返るように語り出した。
翔貴は、塔子が洋一が結婚する前に付き合っていた男であった。付き合い始めた頃は優しかったが、その実とんでもないDV男で、塔子は散々暴力を振るわれた。耐えられなくなった塔子は、翔貴に決別を告げる。しかし、翔貴はストーカーと化し、塔子を苦しめた。
ある日、塔子は執拗につきまとう翔貴から走って逃げた。それに対して翔貴もあからさまに走って追いかける。あまりのしつこさに塔子は平静を失って、車の行きかう広い道路を横切って逃げた。更に追う翔貴だったが、不用意に車道に入ったためトラックにはねられた。
「翔貴は、即死だったんだよな」
洋一が、口をはさんだ。俯いて首を振る塔子。
「確かにそう言ったけど、実は死に際に、私に向かって言ったことがあるの」
「塔子に、なにか言い残したってことかよ」
「うん……」
「なんて言ったんだ」
「……お前をどこまでも、追いかけてやる。たとえ生まれ変わってでも……って言ったの」
「生まれ変わってでも……それで翔貴は、司郎として生まれ変わったって思ってるのか」
洋一がそうつぶやくと、塔子は両手で顔を覆って泣き出した。
「そんなわけあるか。あの高校の倫理社会の先生の話も嘘っぱちだったし。塔子の思い過ごしだよ」
「違う、司郎は翔貴の生まれ変わりよ……」
「なんで、そこまで言うんだよ。生まれ変わりの証拠なんてないだろ」
塔子が、洋一を見た。
「司郎が、私の後ろ髪をつかんだの」
「それがどうした。乳飲み子が寝てるときに何かを握りしめるのは、よくあるじゃないか。俺も耳を引っ張られたことがあるし」
「違うの、髪のつかみ方が、翔貴が私の髪をつかむ時と同じだったの」
「どんなつかみ方?」
「指に私の髪の毛を絡めてつかむの。翔貴はいつもそうやって私の髪の毛をつかんでいた。司郎も同じつかみ方だった」
洋一は、眠っている司郎の指を見た。塔子の長い髪が数本絡んでいる。
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