⑤ 塔子と洋一の選択

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⑤ 塔子と洋一の選択

「いやあ、偶然だろ」 「違う! 違う! 違う! 髪をつかんだ司郎は、涙を流して私を睨んだのよ。その顔は、恨みにあふれていた。お前をどこまでも追いかけていくって言ってるようだった。うう怖い! 司郎が翔貴だと思うと。この子が大きくなった時、私は何をされるかと思うと怖い」 「何をされるんだよ?」  洋一の言葉は冷静だった。 「私を暴力で苦しめるのよ」 「どうやって?」 「え? えーと。それは、例えばおんぶをしている時に後ろから髪とか耳を引っ張ったり」 「そっか。他には?」 「授乳している時に、乳首に噛みつくとか。抱っこしている時に目に触るとか。わざと夜泣きをやめないとか。これは精神的にこたえるからね」  塔子の言葉は、怖いと言いながらも落ち着きを取り戻していた。 「そうか、じゃあ塔子がひどい目に合う前に、俺が翔貴の生まれ変わりをひっぱたいてやるよ」  塔子は洋一を見て目を丸くする。 「だめだよ! なにもできない赤ちゃんにそんなことしちゃあ」 「じゃあ、乳首を噛んだら、ほっぺをつねってやるか」 「だめだめ、こんな柔らかいほっぺをつねるなんて。だめだって」 「髪を引っ張られたら、デコピン(おでこにピンと指を弾はじいて当てること)ってのはどう」 「やだ、もう! かわいそうじゃない」  もはや塔子は洋一をとがめ始めている。  2人はふと、司郎を見た。すやすやと寝息が聞こえる。何も知らない乳飲み子の穏やかな寝顔だった。 「なあ、なんだかんだ言っても司郎は、塔子と俺の可愛い子どもじゃないか」 「うん。そうだね」  素直に答える塔子。 「前世? 生まれ変わって追いかけてきた? くそくらえだよ。嘘かホントか分からないことに惑わされちゃだめだ。俺も高校の授業とはいえ変な事を思い出して、つまらん事をして悪かったよ。司郎は、司郎だ。塔子と俺で素直な子に育てようや」  じっと、司郎を見ていた塔子の顔は、目を細めて軽く微笑んでいた。 「そうね。何をされようと、かわいい私たちの子どもだもんね。ホントに優しい子に育てよう」  そう言うと、塔子は洋一に抱きついた。  この日から十月十日後、司郎に妹ができる。  てなことは、今の2人には知る由もなかった。  おしまい
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