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 成瀬の仕事は建築・土木関係である。  但し一般家屋の建築関係ではなく、国内の溶融炉や鉄塔、コンビナートや焼却施設などの耐火工事や新設・補修工事をメインとしている。その為、その殆どが施工体制台帳(下請総額四千万・工事一式六千万以上の現場に必要)を要する現場が八割を占めている。  ともなると当然ながら工期も長く、一現場に対し一ヶ月から三ヶ月などざらだ。溶融炉の補修工事などは年単位で工期が組まれ、一年を三等分にし、休息期間を含めた四ヶ月を一工期として換算する現場が多い。三期が終わり次期工事まで休息期が在っても一年から二年程で、中には既に四十五期を迎える現場も在る。かれこれ二十年以上、補修・新設などの工事を繰り返している計算だ。  そういった現場の一つが神戸の製鐵所であり、成瀬が職長として担当を請け負ってから、既に五年が経とうとしている。  先にも述べたが、成瀬は一度だけ転職をしている。現在の会社の同僚―――職人達も同様だ。中にはひとり親方だった職人もいるが、手持ちの現場を持ち込んで転職してきた。  本来は会社を離れると当然ながら担当責任者は変わるものだ。だが、現在のこの会社は、言葉は悪いが各々が前の会社から自分の現場を持ち逃げした状態で、且つ、優秀な職人の寄集めである為、設立当初から一次や元請からの発注が絶えない状態となっている。  発端は、成瀬達職人が関わっていた一次請負会社の部長、田所という人物だった。    田所は型枠職人として業界では知らない者はいない人物で、彼の持つ技術や手法は天才と言えるべきものだった。それこそ右に出る者はいない、と言われるほど。  その職人が国内有数の大手不定形耐火物メーカーの部長となり、担当現場を持つようになった頃、全国から腕の良い職人だけを集め、彼らを二次下請に持って現場を回すようになった。その半数近くが、現在成瀬の勤める会社の職人達であり、成瀬もその内の一人だ。  成瀬は田所の秘蔵っ子と呼ばれている職人で、社長である春日が、いの一番に引き抜いた人材だ。当然ながら成瀬も二つ返事で異動した。前会社はいわゆるブラックで、他の現場のCADすら成瀬が作成しており、自分の現場の再下請通知書(一次下請会社以下の下請契約)やら提出必須書類を現場に入ってから出す、という酷い状況だったからだ。  勿論、田所の後継的会社であることや、その相方である春日の人となりを知っているからこそでもあった。  そんな田所は二年前の初秋に亡くなったのだが、相方状態で仕事を続けていた同僚の春日には各現場の二次下請けをこのように回せ、と指示を遺していた。  それを見た春日は、一念発起して転職出来そうな職人達を呼び寄せ、職人集団の会社を設立したのである。  故に、巷では「チーム田所」と呼ばれている。  そういった理由で担当責任者が変わる事なく、現在も古参の現場を回せている。元請からは寧ろ他の業者には任せられないと言われるほどだ。春日が会社を立ち上げた際、春日と田所の勤めていた一次会社がバックボーンに付いたのもあり、この不況の最中に順調な滑り出しをている。 「ほな書類関係メールで展開しとくわ」 「施工台帳出来てるんすか?」  成瀬が訊くと、渡会は「出してたけどやり直しー」と苦笑する。 「お前の名前、昼の職長で出しててん」 「まあそんなもんだろうと思ってましたけど」 「せやろ。昼で出したから夜に修正してからまたPDF送っとくわ」 「了解です。あ、後で現場の写真と図面見せてください」 「お、そやな。ほなここ片付けてから事務所行くわ」  渡会がそう応えると、成瀬はぺこりと頭を下げて工事部の事務所へ入って行く。それと行き違えるように、スーツを着た男が自転車でふらりと倉庫の中に入って来た。 「あれっ濱屋敷(はまやしき)さん。何しに来たんすか」 「おはよーさん。てかよ、お前一次会社の営業にその言い方はどうなのよ」 「俺と濱さんの仲やないですかー」  渡会がへらりと笑うと、濱屋敷は鼻で息を吐く。 「ま、いいけどね?てか、珍しくメンバー勢揃いしてるって聞いたから、お前らの顔見に来たのよ」 「確かにフルメンバーは滅多に無いっすねえ。てか、何で自転車?」 「言わなかったっけ、先月頭に鹿撥ねちまって、廃車になったって」 「ああ、北海道旅行」 「視察だっての。嫁には『バチが当たったんだ』とか言われるし、散々だよ」 「視察ね」  視察ついでに現地妻と温泉なんか行くから、と言おうとして渡会は咳払いをする。そんな渡会を他所に、濱屋敷はガチャンと自転車を立てると、事務所に入っていった成瀬の背中を見遣った。 「ところで、さっきのって成瀬くん?」 「そうですよ?」 「いや、顔見るの二年?三年か?久しぶりだからかもだけど、何か雰囲気変わった?と思って」 「あー。まあ、変わったっちゃ変わったかな。つか、田所さん亡くなってからやな」 「そうか・・・秘蔵っ子だもんなあ、あいつ。いや、でも良い方に変わったというか。雰囲気、もっと暗かったっしょ」 「何か、亡くなる前に田所さんと色々話したらしくて。そっからかな、一皮剥けた感じ」 「へえ。そりゃ良いことだ。そういや、あいつ歳いくつ?」 「俺より三つ下だから、二十五かな」 「あいつ十八から仕事してんだよな?という事は、一級取れるようになるのに、あと三年かあ・・・休職して大学行って、一級土木取ってくれんかな。あいつ頭良いだろ?専任させたいのよ」 「行かんやろ。田所さんと同じ、現場択一やから。つか休職なんぞされたら、うちの会社潰れるわ」  渡会がそういって髭を擦りながらカラカラと笑うと、濱屋敷はだよなーと項垂れた。 「ま、まだ若いしな。三年後でも二十八って考えたら」 「そうそ、働き盛り」  濱屋敷は前カゴに入れたままのリュックから、分厚い封筒を取り出してからリュックを背負い直す。 「働き盛りっつったら、お前もだけどな?」 「濱さんだってまだ四十っしょ?働き盛りやないですか」 「そうだよ?だからこうして、皆の顔見に来たついでに仕事の話をしようかなと、はるばる自転車で三十分もかけてやってきた訳よ」 「おっそ。二十分ありゃ着くやん」 「早く漕いだら脚吊るって。てな訳で、美味しい話は仁科ちゃんの淹れる美味しいコーヒー飲みながらにでもしようかね」  そう言って濱屋敷は一つ伸びをすると、工事部の事務所へと向かった。
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