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「矢張りそうだ、君はテトラクラマシーだ。眼球の錐体細胞は通常三種類だが、君は四種類有ると推測する」
「え?テト・・・ラ?」
「簡単に言えば、人より見える色の数が多い、という事だ。元々色というのは、人によって多少見え方は違う。だが、錐体細胞が一種類多いだけで、識別が大幅に変わるんだ。通常は先程言ったとおり三種類、おおよそ三色の判別が可能だが、テトラクラマシーは一億色もの色を判別出来ると言われている。君の能力の根源はそこだ」
「俺の、能力の根源・・・色覚異常ということなのか?」
「色覚異常とはまた違う。他者より視覚と脳に情報を送る視神経の処理能力が優れている、という事だ」
「そんな・・・でも、俺は・・・」
人には見えない『色』が視える所為で、苦しんできた過去が浮かぶ。
今でこそ前を向き歩んでいるが―――当時はこの能力が自分を苦しめてきたのだ。
成瀬が俯いていると、久御山は整った眉を八の字に歪ませながら苦笑する。
「君は『色』が視え、そこから様々な情報を読み取ることが出来る。それは何故か。そもそも色というものは、物体や光の属性ではなく『感覚』の一種で在り、いわゆる情報の一つだからだ」
但し、と久御山は続ける。「ここからはまたもや仮説で申し訳無いのだが・・・君は『色』を基本として様々な事象を読み取れるんじゃないか?それは感受性や育った環境諸々、自身を護る為に人間が本来持ちうる本能が融合しているのでは無いだろうか、と」
「その・・・気とかオーラとかその・・・それで色々感じる、とか。それが、特殊なものなんかじゃ無いと・・・?」
「申し訳ないが、本来は誰にでも見えるはずのものだ。空気の流れを読むのと同じ、空気中の微粒子や埃を目に捉えその動きを観察することと似ているからね。私も薄っすらでしかないが白い靄らしきものは見える。相当の集中力を要するがね」
「え?!」
「驚くほどのことでは無いだろう?先程も言ったが靄程度なら、集中すれば本来なら誰にでも視えるものだ。テトラクラマシーなら尚のこと、我々よりも遥かに鮮やかに様々な『色』が見えるだろう。それと、先程の君への仮説も全くソースが無いわけでは無い。条件さえ揃えば、君のように能力を特化させる人間も、何億人に一人とかのレベルではなく、何万人に一人かのレベルで存在する。君のような能力の持ち主は、FBI捜査官に多いんだよ」
「俺だけじゃない・・・」
成瀬が呆然と呟くと、久御山は「そうだ、だが」と続ける。
「私は暗闇から光に引っ張り出された、と言ったと思う。私を引っ張り出してくれたのは、恐らく君だ。先程握手した際、暗闇で私の手首を掴んだ手の形と酷似していたからね。・・・これは君だけの特別な能力と言える。だから私は敢えて、君に縋ることにした。久御山馨という一人の『人間』を救える能力であることを、どうか誇りに思ってくれないだろうか」
久御山が推測ばかりで申し訳無いのだがと言って笑った瞬間、成瀬の頬にツ、と熱いものが伝った。
忌み嫌われたこの能力、そして己の幼少期。
成瀬は今で言う虐待サバイバーであり、そこから逃れるようにこの能力に縋ってきたが、この能力でさえも結果的には成瀬を苦しめてきた。だが、かつての師である田所と最期に話しあったあの日、「この能力も過去も、何もかもが自分」でしかないのだと感じた。そして、自分自身を、他の誰でもない己自身の固定観念で縛るのを辞め、生きていこうと決めた。
そのお陰で、平穏な日常を手に入れた。
それを失うまいと足掻いていたら、周囲には自然と人が集まり出した。
勘が鋭い以上に何かを「持っている」と思いながらも、深掘りせずに受け入れてくれ、信頼してくれる人間が増えてきた。
・・・どんなものだろうと、全てに意味が在るのだ。
自分の心一つで、無意味に見えるものが実は意味があり、無駄に感じていたものが意味を伴い動き出す。己と向き合ってからのこの二年、それを肌で感じ、この目で見てきたじゃないか―――。
自分は異常者でも化け物でもなく、ただのその辺の人間でしかないのだと久御山はあっけらかんと宣った。そして、他でもないこの自分自身が、誰かを救えるのだと言う。
その久御山の言葉に、成瀬はまたも救われた気がした。漸く手に入れた平穏とはまたおサラバだが―――だがきっと『自分』を育てるための価値の在る経験となり得るだろう。
「・・・改めてお願いする。君の力を貸して欲しい」
深々と頭を下げる久御山に、成瀬は一度だけ大きく深呼吸をした。
「解った。出来る限りの協力はする。今更だけど、俺、成瀬藤哉な。成人の成に、瀬戸内の瀬。草冠の藤に、善き哉の哉」
成瀬が手の腹で目をゴシゴシと擦りそう伝えると、久御山もまた安堵したかのような笑みを浮かべる。
「ありがとう。苗字は聴こえていたが・・・藤哉か、良い響きだ」
「誰が付けてくれたのか解らねえから、好きでも嫌いでも無いけどな」
「いやいや実に良い名前だ。因みに、君の色は何色だい?私にはどんなに頑張ってみても、ただの湯気にしか見えないが」
「俺の色?俺は、赤紫っぽい色かな。アメシストって石、解る?その石に赤味を少し足したような」
「ほう。尚、素晴らしい。『藤』は明るい紫色を指す。君に命名した御仁は、君が綺麗な紫色をしているのを知っていたんだろうな」
「そっか・・・そうかもな」
成瀬は俯き加減に呟く。久御山はそんな成瀬の表情を見て、満足そうにカップを取った。
「・・・成瀬くん、実験は半分成功だ。持つ事は出来るが、残念ながら持ち上げる事が出来ない。次は申し訳ないが、紙コップで実験してくれ」
残念そうに―――それはそれは残念そうな表情で言う久御山を見て、成瀬はどれ程ぶりか解らないが、腹を抱えて笑ったのだった。
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