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煙突内部に入り渡会の引継書の箇所に向かって梯子をかけて登り見ると、内壁のレンガを裂く様に大きなクラックが入っている。クラックの一番酷い箇所を触ってみるとやはり腐食が進んでいるようで、撫でるだけでもボロリと崩れた。渡会の言うとおり確かに腐食しており、クラックの範囲も深そうだった。
斫りに三木本達を選定して本当に良かった、と成瀬は安堵する。下手な職人だと迂闊に鑿を入れて崩落させかねない、そんな微妙なヶ所だからだ。
「三木本さーん!一部腐食入ってますー!」
成瀬が梯子を降りながら外で工具の準備をしている三木本に声掛けると、「了解!」と返しカメラの写真を確認しながら中へ入って上を見上げた。
「おーおー、こりゃアカンわ。えぐいな」
と、写真と現物を見比べて言う。
「ですよね。・・・三木本さん、ここの現場ずっと入ってますよね?資料見たんですけど、二号機、前回は単発補修だったんですね」
「おう、そやで」
「一号機・三号機とそんなに工事の時期変わらないみたいなんですけど。一式工事にしてジロさんに任せ無かった理由、何か知ってます?」
「んな三年も前の話覚えてないわ」
三木本が笑いながら返すと、隣に居た三木本の共同経営者でもある辰巳が言葉を続けた。
「あれですよ、ジロさん福島の現場担当になった時っすよ。濱さんに頭下げられて」
おーそんな事も在ったなあと三木本が返すのを聞いて、成瀬はなるほど、と鼻で息を吐いた。
福島となると、震災の影響で未だ入場規制の多い土地だ。ましてこの業種、被爆の可能性を踏まえて作業に入ることになる。その為、次の現場に入る為に、一定の期間を開けさせられたり念入りな検査と証明を求められることが多い。
元請によっては通常の入構条件ですら厳しいところも少なくない。年齢はもちろん、健康診断や塵肺(粉塵を長年吸い込むことで発症する疾病)の結果や血圧も上が158mmhg以上だと許可が降りないなどザラに在り、ここ臨海は特に規制が厳しい。
「福島から帰って一週間経たんうちに臨海てなると、流石に入れんかったみたいす。二号機だけ元々造りが微妙やったってのもあって、ジロさん待たんと他の業者に回して補修入ったって話っす」
でもこの仕上がりやとなーと職人たちは嗤う。
「ま、しょうがないですよね。取り敢えず皆さん崩落には気を付けてやっていきましょう。二号機は俺と三木本さんで確認しながら進めるんで、三人は一号機から斫り始めてください。一号機と三号機はとっとと終わらせましょう」
成瀬がヘルメットのズレを治すと、はいよ、と三木本達が答えると、それぞれが工具を取り出し作業を始めた。
朝になり各炉の進行のチェックを終わらせると、成瀬は引継書を書いた。書いている最中に渡会が現場に現れ、引継書を見ながら二号機あかんなーと苦笑する。
「二号機の事情、辰巳さんに聞きました。濱さんが無理言った所為なんですね」
成瀬が肩で息を吐きながら渡会に説明すると、渡会もそんな状況やったんか、と目を円くする。
「ジロさんもお人好しやからなあ。高梁さんが濱屋敷に振り回されたらアカンて、何度も言うてるみたいやけど。ま、そこがジロさんらしいっちゃらしいねんけどな」
「その内倒れますよ、ジロさん」
「そこいらは高梁さんが結構フォローしとるて。苫小牧かて、ほんまは高梁さん無理やってん。別現場の新設在ってんけど、それ、澤さんに任せてこっちに入ることにしたらしいわ」
「え、そうなんですか」
「そやで。高梁さん入れんって言ったら、ジロさん無理して調整したやろうからさ。先月頭、濱さん、苫小牧に視察行ってたやろ?そん時同行したのジロさんやねん。本決まりになるまで待っててや言うてる間に、別経由から長崎入ってもーてん。頑張れば工程的に行けるやろうけど・・・違う現場に入りながら、新設の設計とか書類とか鬼やんか?せやから高梁さんが動いたって話」
ああ、そういえばと成瀬は思い出した。
濱屋敷が新規現場―――今回後期に控えている苫小牧の新設工事―――の視察に行くのに、何故か社用車でなく自家用車に乗り、フェリーで向かった時の現場だ。まあ、濱屋敷のことだから、どうせ一日二日有給取って遊ぶつもりでいたのだろうが。
その際、現場確認の為一人職人を連れて行かねばならず、工程的に誰も合わなかったことで、一番頼みやすい次郎丸が借り出された、ということだ。次の現場の移動日三日前に、飛行機始発最終便、日帰りで強行突破したと、後に高梁から聞かされたのも思い出す。
新設工事ならば、本来高梁か新倉、成瀬が妥当なのだが、今回の臨海といい苫小牧といい、と、成瀬は僅かに肩を落とす。
・・・ジロさんが入ってりゃ、絶対こんな補修しないのに。濱さんめ。
成瀬は内心舌打ちを打ってから、デジカメを渡会に渡す。
「言ってた通りなかなかでした。三木本さんとこの三人には、一号機と三号機明後日までに斫りとガラ出し終わらすよう言ってるので、補修もさくっと終わらせて二号機基礎打ち直しの勢いでやりましょう」
「せやな。チーム田所の実力発揮したらなあかんでな」
「はい。それにジロさん休ませてあげないとですし」
せやな、と渡会が返したところで、関係者駐車場に向かって入ってくる次郎丸の車が見え、成瀬は渡会と顔を見合わせてから苦笑したのだった。
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