憧れ

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私には憧れの人がいる。 同級生のヒトミさん。 可愛くて明るくて優しい人。 男子からも女子からも慕われて、クラスの中心にいるような人。 天は人によっては二物も三物も与えるんだって実感する。 私がヒトミさんと出会ったのは中学2年生の時だった。 不細工で太っていて暗い性格の私は、当たり前のようにいじめの対象になった。 陰口を叩かれたり、教科書を捨てられたり、机をめちゃくちゃにされたり……そんな辛い日々の中、私はヒトミさんと出会った。 たまたま、クラスが一緒になったのがきっかけだった。 ヒトミさんは私をいじめから庇ってくれた。 孤立していた私を仲良しグループに入れてくれた。 気さくに話しかけてくれて、私みたいな人間にも優しく接してくれた。 ヒトミさんのお陰で、私へのいじめも徐々に減っていった。 ありがたかった。嬉しかった。そして、憧れた。 私も、ヒトミさんのようになりたいって思った。 その日から私は精一杯努力した。 ダイエットをしてヒトミさんのような細い体を目指した。 髪を長く伸ばしてヒトミさんと同じようなポニーテールにするようになった。 ヒトミさんと同じ花の髪飾りを身に付けた。 ヒトミさんがよく行くお店に行くようになった。 ヒトミさんと同じ服を着るようになった。 ヒトミさんと同じ美容院に通うようになった。 ヒトミさんと同じ高校に行けるように勉強も頑張った。 だから、高校でも同じクラスになれて本当に嬉しかった。 それなのに…… 「いい加減にして! もう私の真似をするのはやめて!」 「どうして? 私、貴女のことが大好きで、貴女みたいになりたくて、  ここまで頑張ってきたんだよ」 「だからって、何から何まで私を真似るなんてあり得ない!」 「だって、貴女は私の憧れであり目標なんだもの」 「やめてよ。格好を真似するばかりか、私が行くお店にも通うようになって、  いつも付き纏ってくるなんて……さすがに気持ち悪いのよ」 「だって、聞いても教えてくれないんだもの」 「真似されるのが嫌だから教えなかったのよ。何で分かってくれないの?」 「貴女こそ、何で分かってくれないの?」 「分かるわけないでしょ! お願いだから、もう私の真似をするのはやめて!  私の家の周りをうろつくのはやめて! 私の彼に近付くのはやめて!」 「そんな……」 放課後。 二人きりの教室で、私はヒトミさんから拒絶の言葉を投げかけられた。 訳がわからなかった。 私は、ヒトミさんみたいになりたくてここまで頑張ってきたのに、何でこんな事を言われなければならないのか。 初めて髪型をポニーテールにした頃は、「おそろいね」と言って笑ってくれたのに。 ヒトミさんは変わってしまったのだろうか。 私が憧れて追いかけていたヒトミさんはもう居ないのだろうか。 「じゃあ、私は一体どうすればいいの?」 絶望して俯く私を見つめるヒトミさん。 その目には侮蔑の色が浮かんでいた。 以前のヒトミさんなら、こんな顔はしなかった。 私が困っていると、迷わず手を差し伸べてくれた。 私が辛そうにしていると、優しく寄り添ってくれた。 私がこんなに悲しい思いをしているのに、 今のヒトミさんは寄り添うどころか嫌悪感でいっぱいの顔をしている。 ああ、もう居ないんだ。 私が憧れたヒトミさんはもう居ないんだ。 悲しみと同時に怒りが湧き上がる。 目の前が真っ赤になった。 どうしよう。どうしよう。 目標を失って、私はこれからどうすればいいんだろう。 「そうだ。ならば、私がヒトミさんになれば良いんだ」 目標を失ったんじゃない。 私は目指していた憧れを自分のものにしたんだ。 これからは、私がヒトミなんだ。 「うふふふふふふふ」 一人になった教室で、私は笑う。広角を少しだけ上げて上品に笑う。 うんうん、大丈夫。私は立派なヒトミだ。 私の足元には、ヒトミだったものが転がっていた。 (終)
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