鬼の愛し子、牡丹雪

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 今が雪の降る季節で良かった、と膝まで積もった雪を脚で掻き分けつつ、天と山の神に感謝する。何故かといえば、母が掻き分けた雪の痕がくっきりと残っているからだ。  村の外れにある社から続く母の行く先は、村の中央へと向かっていた。 (この道、通るべきではないやも知れぬなあ)  食糧や生活に必要なものを得たり、村長に呼び出される度に使った道だ。この道を通る時はいつだって、村人達は私のこの生まれついての灰色の髪に奇異の目を向け、母のことについて後ろ指をさすのが定番となっていた。……あまり、居心地のよくない道だ。  この道を最後に通った時、私は村長から気掛かりなことを聞いた。  ――いいか、今夜は絶対に社から出るなよ。  吹雪く日や肉食獣を村の周囲で見掛けられた時などは、村長も長の務めとして私達親子にも注意喚起をする。その際の村長の、吐き捨てるような言い方と態度にはいつも、鬼人とその娘が何らかの災いに巻き込まれていなくなってはくれぬものかとの願望が明け透けに見て取れた。  だが、今日の長の態度はどうだろう。これまでとは少し異なり、どこか緊張した硬い面持ちで、一言一句念押しするように低くゆっくりと言い聞かせてくるのが妙に印象に残った。 (あの時は、死神が社にお見えになるから丁重にもてなせ、とでも宣うのかと思うたが……)  つまりは、私達母子を屠る手筈が整ったとの死刑宣告を言い渡されたのかと。 (私は構わなかったのだがな)  かじかむ鼻の頭を擦り、知らず垂れた水洟を啜ると、吸い込んだ冷気が鼻腔の奥を刺し、ツンと刺激が走った。目に涙が滲む。  この世に生まれ落ちて、はて、どのくらいの年月を経たのだろう。十六までは数えていたが、それ以降は数えるのが馬鹿らしくなったからわからない。  何せ、同じ年に産まれた者が所帯を持った頃もまだ、私ときたら幼子の姿のままだった。彼らの全部が年老いて死ぬ頃から先は、嫁入り前の娘くらいの姿のまま、これっぽちも変わらぬようであったから。  私の側にいた母も、私を五つにも満たぬ幼子としてずっと扱ったので、年については本当にもうさっぱりだ。  本当に自分は年を取っているのか、いつ死ぬか、本当に死ねるのかすらわからない。それならばいっそ、誰かに始末して貰うのも良いのではないかと、考えていた頃だった。  牡丹雪が降る。なかなか重い雪だ。ボタリボタリと降る雪が雪道に残る母の足跡の上に積もり、跡を浅くさせている。  ふと、この降り積もる雪に尋ねたくなった。  ――私のこの身には、"年"という名の雪は降り積もらないのであろうか?    他の子は年を積み重ねて成長し、やがてその身に降り積もった年の重みに従うように腰を曲げていったというのに。  当然ながら、雪からも何処からも答えが返る筈がない。  私はたまらず、下唇を噛んだ。
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