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溶けたアイス
布団を被り目を瞑る。眠いはずなのに眠れない、いつもはすぐに寝るのに。
……いつも?
気分転換にテレビでも見ようかとリモコンをつけるが、何も映らない。
……あれ?
そうだ、一昨日買ったアイス食べよ! 冷凍庫を開けると、冷え冷えのチョコアイスを取り出した。
……こんなパッケージだったっけ?
部屋をぐるりと見渡す。自分の部屋なのに他所の家のように感じる。いつもと同じはずなのに。いつもと、そう……
あの日から何も変わらない––––
「……あ」
排水溝の詰まりを取ったみたいに、記憶が一気に流れ込む。
そうだ、永太は死んだんだ。あの日、車に轢かれて。
永太は夢を叶えられずに死んだのに、私はそれから逃げて、逃げて、逃げ続けて––––
不快感が押し寄せて、トイレへ駆け込む。胃の中をからっぽにしても全然スッキリしなかった。
あの男は誰? きっとお父さんが用意したに違いない。永太の皮を被った偽物。私を騙す悪い人。
記憶が鮮明になっていく。いろんなカウンセリングを受けたっけ。どうしてわかってくれないのかな。
私はただ、永太のところへ行きたいだけなのに。
最高のタイミングで意識を取り戻せた。誰もいない、やるなら今しかない。
キッチンの戸棚を開けるが、刃物の類は見当たらなかった。仕方がないので他の手段を探す。
本当に許せない。両親も、あの男も。何より今日まで騙され続けてきた自分自身に腹が立つ。永太はあんなんじゃない。
永太はあんな風にキスしない。あんな風に抱き締めない。あんな風に…… 泣かない。
あの男の静かな涙が、こびり付いて離れない。
思い出した、初めてここへやって来た日に言われたっけ。目を覚まして、永太はもういないって。
あとは、何て言ったっけ。そうだ……
アイスクリームを食べに行こう––––
前を向けとか、彼の分まで生きろとか、普通そういうことを言わない?
必死な顔をして、アイスだなんて。馬鹿みたい。
掃除機の電源ケーブルを握りしめながら、気づけば涙が溢れていた。永太が後追いなんて望む人じゃないってことは、私が一番よく分かっている。
でも、それ以外に思いつかない。私はどうしたらいい? 教えてよ、永太……
ゴトンとテーブルから何かが落ちる音がして振り返る。それは、出しっぱなしのチョコアイスだった。あーあ、溶けちゃった。
アイスクリームを食べに行こう––––
……そうか、あの人は
私は枕元のスマホを取りに行った。
震える指先でボタンを押す。静かな部屋に、コールオンだけが響く。
もう切ってしまおうかと思ったその時……
「……もしもし」
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