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「今日も練習でしょ?」
「うん。でも走るから、もうちょっと」
「だぁめ。走って転んで突き指したらどうすんの」
「へいへい。じゃあ、せめてもう一回」
永太はもう一度キスをして荷物をまとめ始めた。
私はニヤニヤ顔で指輪を見つめる作業に戻る。でも、記念日でもないのに普通に貰っちゃって良かったのかな?
永太がトイレに立った隙に部屋を見渡す。
よく考えれば来月のアイスを奢るとか、改めてプレゼントを贈るとか手はいくらでもあるのに、私は今お返しをしなければと焦っていた。
そしてそんな焦った思考回路ではまともなプレゼントなど見当たるわけもなく、私は四種のフルーツアソート飴の中からレモン味を一粒取った。
そしてテーブルの片隅にあった付箋を一枚剥がして簡単にメッセージを添える。
「とこ〜、俺行くよ〜」
「待ってぇ!」
急いで玄関へ向かい、靴を履いて振り返った永太に飴と付箋を差し出した。
「はい、お返し!」
「えっ……」
「……どうしたの?」
驚いたことに、永太の瞳からは静かに涙が流れていた。
永太が泣いたのなんて、私への告白が成功した時以来見たことがなかった。私は慌てて付け足す。
「違うよ⁉︎ これが指輪と同等ってんじゃなくて、とりあえずというか、ちゃんと別でプレゼントもあげるから! レモン味好きだよ、ね……?」
「あ、うん、ごめん。好き。とこも、大好き」
永太は涙を袖口で拭うと、私を強く抱きしめた。本当にどうしたの。
何故だか胸の奥がキュッと締まった。
「よっしゃ、一丁練習頑張りますか!」
「お、おう! 頑張ってこーい!」
「んじゃ行ってきま〜す」
「いってらっしゃい。走んなよ!」
扉が締まるまで永太を見送ったが、いつも通りの彼だった。もしかしたら練習がうまくいっていないのかもしれない。もしくは将来への不安だったり。
私では何も解決できないかもしれないけど、泣くくらいの悩みを永太一人で抱え込ませるなんて嫌だった。
今夜寝る前に電話しよう。
もし夢を諦めようとしているのなら、何時間だって語り聞かせてやるんだ。永太の歌がどれだけ上手で、どれだけ元気をくれるかってこと。
私はもう一度指輪を見つめた。
「……よし!」
不安がアイスのように溶けていく。
お腹が満たされたからか、また眠気が襲ってきた。
休日をひたすら自堕落に過ごすことほど贅沢なものはない。ベッドに横になると瞼がだんだん重くなる。
さっきの夢の続き、見られるかなぁ……
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