永太

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 ハッと我にかえり、退勤の支度に戻る。永太のスマホを充電し所定の棚に戻す。  ジーパンのポケットから、付箋と飴を取り出した。    今日は、レモン味だった。  この二年間、遠子は必ずイチゴ味の飴をくれたのに。これは偶然なのか、遠子に生じた何かしらの変化がそうさせたのか。  こうした小さな積み重ねが、彼女を前に進めてくれるのだろうか。  医者曰く、脳に異常はないらしい。時間を進めるには、彼女の「明日を生きる意思」が何より重要だという。  俺は二つ折りにされた付箋を、ゆっくりと広げた。  永太へ  指輪ありがとう! めっっっちゃ嬉しいぃぃ!  練習頑張ってね、本番も絶対成功するから!  来月のアイスデートも楽しみですな〜  不束者ですが、これからもよろしくねん♪                     とこ  右下に今日の日付を書き足して、それをファイルに挟む。  訪れることのない「これから」の文字が、分厚いファイルを埋め尽くしている。  この生活が、あと何年続くのだろうか……  自分のスマホを取り出して、今日のニュースを確認した。二年前にオープンしたあのアイスクリーム屋が、来月に撤退するという記事が目に入る。  彼女が楽しみにしている未来が、今日も過去になっていく。  俺はレモン味の飴を口に放り込んだ。舌の上に人工甘味料の波が押し寄せる。 「……まっず」  甘いものは大嫌いだ。でも、二年間吐き出した事はない。  食べ続ければ好きになるかもしれないから。この日々に突然終わりが来るかもしれないように……  ジャケットを羽織りロッカールームを後にしようとしたその時、電話のコール音が響いた。  手に持ったスマホは静かなままだ。俺は後ろを振り返る。永太のスマホが、鳴っている。滝のように冷や汗が流れた。  ダメだダメだダメだ  これ以上イレギュラーを起こして遠子が暴れてしまったら、今度こそ俺はクビだ。もう彼女の傍にいられなくなる。  それでも……  確証はどこにもない。でも、出なければいけない気がする。  終わりを告げるコール音が、彼女からのSOSに聞こえた。  これが彼女を救える、最後のチャンスなのかもしれない。
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