二礼目 点てる意味

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 涼が在籍していた青葉草月館(あおばそうげつかん)高校は、高校の施設としては珍しく、茶室へと繋がる庭である露地や茶庭があった。古くから地元に伝わる御茶室で、あの建物に一歩足を踏み入れたいがために、越境して近隣県から入学を希望する生徒もいるほどだ。  いくら私立とは言え、どうしてそのような施設を建てることが出来たのかというと、お金持ちの御曹司やお嬢様がかなり通っていて、地元ではそれなりに名の知れた私立高校だったからだ。  そんな保護者からの支援の厚い青葉草月館高校、通称【青高(あおこう)】は、部活動が盛んで、全国から部活動推薦で入学してきた生徒が、生徒の約半数を占めた。  涼もまた、そのひとりだった。  中学二年の文化祭、涼は未来の部員を探しに来ていた青高茶道部の顧問を務める師範に、声をかけられた。 「君は、こちら側の人間だ。高校生になったら、必ず私の下へ来なさい。君の才能はその程度のものじゃないよ。」  突然、和装姿の知らない男性に、そっと微笑みかけられ、戸惑ったし、ともすれば、薄気味悪いとも思ったが、涼はその男の言う【こちら側】に強い興味があった。 「……はい。」  顔色が悪く細身で、一見すると頼りなさそうに見えるのに、妙に説得力を持った言葉とその男が醸し出す雰囲気に、涼は、圧倒された。  その日から、 (いつかまた、あの人に俺の点前(たてまえ)を見てもらいたい。)  涼は、そう思うようになった。  自分の御茶を人に認められた喜びと根が真面目で物事に打ち込みやすい性格だった涼は、誰よりも多くの時間を茶道に捧げるようになった。  先ずは基本だと、作法は勿論、道具の名称や由来、茶葉の精製方法、御茶室に飾る植物の四季、掛け軸に書かれる言葉の意味、畳や御茶室についても、涼はひたすら知識を深めようと努力した。休日、茶道具を取り扱っている地元の店をしらみつぶしに、友人と巡ったりもした。  涼が通っていた中学校の茶道部は、青高のように本気で茶道に打ち込んでいる人間は、残念ながら、あまり居なかった。そのため、涼が茶道に打ち込めば打ち込むほど、周りとの距離は開いていった。  けれど、ひとりだけ。涼と同様、本気で茶道を愛している人間がいた。  彼の名は、 【満原(みちはら) 遠弥(とおや)】  家も近所。なにより、好みの茶器の種類など、茶道具ひとつ取っても、彼以上に語り合える友は、他にはなかった。  自分が夢中になっているものに、同じく夢中になっている人間が居てくれる。  ただそれだけで、充分だということを、涼は彼のおかげで知ることが出来た。
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