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「浮かない顔だね。」
「ん…。」
目を開くと、オレンジ色の光が、早く開けと促すように、涼の目を射している。
「んんっ……。」
「宮瀬、起きる気ある?」
昼休みに宗也や和仁に呼び出しをくらってからの記憶がない。
目の前に広がっているのは、誰も座っていない、夕日によって、もとの茶色がどんな色だったか思い出すのに少し時間がかかるくらい赤色とオレンジ色に上手に染められた机と椅子達。そして、彼を見下ろしている和仁が、紺色の袴の紐を、今まさに縛ろうとしている姿だった。
(ちゃんと着物と袴を着て、稽古をしているのか。)
公立高校では先ずやらないと、師範から聞いていた涼は、ほんの少し感心した。それを悟られないように、ついていない涎を適当に拭っているふりをして、席を立つ。
「一緒に行こうよ。」
「……しつこい。お前ら。」
この追いかけっこは、一体いつ終わってくれるのだろうか。ふと、そう考えたが、もし、『自分が入部するまで。』とか返事をされたら絶望的なので、涼はその質問を口にはしなかった。
立ち上がった涼の背中に向かって、頼んでもいないのに、和仁が話しかけてくる。
「待ってるから。」
ドキッとした。それは、言いたくて言いたくて、でも恥ずかしくて、あの頃の涼が遠弥に伝えられなかった言葉だった。伝える手段は、いくらでもあったはずなのに、『ただ一緒にやりたい。』それだけのことだったのに。後悔の波が押し寄せる。忘れようと必死にしていたからか、ほんの一年前のことが、はるか遠い昔のことのようだ。罪悪感に、涼は、押しつぶされそうだった。
(宮瀬は、本気で、茶道が好きなんだな。)
去っていく涼の今にも泣き出しそうな背中に、和仁は、そう思わずには、いられなかった。
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