二礼目 点てる意味

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 都会の夕暮れは、ビルの影と夕日が相俟って、気持ちが浮かない時に歩くには、あまりにもセンチメンタルな気持ちを演出し過ぎている。思い出せ。忘れるな。まるで、そう言われているかのようだ。 「……ただいま。」  誰に言うわけでもない言葉が、まだ開け切らないダンボールの壁と音のない白い壁によって受け止められる。  制服のブレザーをかけ、手洗いうがいを済ませ、涼は、仏壇の前に置かれた遠弥の写真に手を合わせた。 「ただいま。」  改めて言った四文字は、先程の四文字を言った時よりも、ずっと重みを感じる。 (やっぱり、伝えたい相手が居ると、同じ音でも、全く別物になるな。)  右横に置かれたお線香をひとつ手に取り、遠弥の利き手である左手に持ち替える。  手元が震えて、中心に刺そうとしたはずの線香は、線香差しの左端へと突き刺さった。  高校に入学してから、遠弥は学校を度々休むようになった。最初は、普通の体調不良だと思った。けれど、梅雨のある日、もともと少し青白い遠弥の顔色が、いつも以上に白いことが点前の際、気にかかった。 「最近よく、風邪で休んでるよな?」  何の気なしに口にした言葉だった。  その日は、数日前から雨の日が続いていて、体調不良を訴えている人間は大勢居たから、遠弥も、その人達の仲間だろうと涼は決めつけた。  それから三日後、遠弥は亡くなった。
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