二礼目 点てる意味

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 今になって考えると、本当は、なんとなく感じていたのかもしれない。でも、もし、本当に、気付くことが出来たとしても、自分は怖すぎて、決して、聞くことは出来なかっただろう。  遠弥の言葉で、直接聞いてしまえば、全てが終わってしまう。それに、優しい遠弥のことだ。涼のためなら、きっと、笑顔を作り嘘をついたかもしれない。それは、真実を打ち明けてもらえないことよりも、遥かに嫌だ。毎日、何時間もふたりで語り合ってきたんだ。お互いの性格は、よく理解しているつもりだ。でも、それでも、一歩踏み出せなかった当時の自分は、大馬鹿野郎だった。  遠弥が亡くなる数日前、おじいさんから貰ったという練習用の藍染めの茶器を、涼は遠弥から借りていた。本当なら、亡くなった日の二日後に、返す予定だった物だ。  葬儀の日、遠弥のおじいさんに茶器を返すと、涼は、思いがけないことを耳にした。 「ほぉ、君が、涼くんか。遠弥がよく、君の話をしていたよ。これは……、遠弥が君に選んだものじゃよ。わしは、店を紹介してやっただけじゃ。」 (……知らなかった。俺のために、遠弥が選んでくれた物だったなんて。)  出会った頃から、遠弥はよく喋った。茶道のこと、涼のこと、クラスのこと、学校のこと、家族のこと。だから、なんでも知っている気になっていた。でも、自分については、ほとんど話しているのを聞いたことがなかったことに、涼は気付かされた。  胸が締め付けられる。  好きな陶器や花の色は知っていても、涼は、遠弥の誕生日が三月三日だったことすら、この後、おじいさんに聞いて、初めて知った。考えてみれば、秘密主義だったのかもしれない。けれど、【秘密主義】なんて、堅苦しい言葉よりも、この後のおじいさんの言葉の方が、毎日、温かい笑顔を見せてくれた遠弥には、相応しいように思えた。 「わしが思うに遠弥は、お礼がしたかったんだろうのう。……あの子は、親父に似て、本当に、不器用じゃったから……。」 『不器用。』  線香に火を灯し、仏壇の左手前に置かれた藍染めの茶道茶碗に触れ、あの時のおじいさんと同じ言葉を口にする。 (俺も、お前と同じだな。)  思っていることは、点前に全て込めてきたつもりだったけれど、あんな風に、いつも隣に居ても、なんの支えにもなってやれなかったのかと思うと、後悔ばかりが、どうしたって涼の胸を締め付けた。好きなことをただやるだけじゃあ、大切な人を、救うことは出来ない。 「ただいまー。」  音のない家に、気の抜けたかあさんの声が、玄関から背中伝いに響く。 「……おかえり。」 「あら、涼ちゃん早かったのね。」  涼は、寂しさや悔しさを誤魔化すようにしてあげた顔を、必死に崩さないよう、目元に力を入れた。けれど、久しぶりに茶道のことばかり考えた一日だったからか、今日ばかりは、感情を抑えることが出来なかった。 「……っ、グスッ……。」  情けない声と共に、次第に、ぼやけ始めた視界に少しずつ色がつく。  かあさんのシルエットが、涙で歪んで見えたものだった。
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