三礼目 仲間

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 御客が全員揃った合図である板木(ばんき)の音が三回鳴った。板木の鳴った回数が、茶室の入り口である(にじ)り口の前に居る人数を教えてくれる。 (和仁、宗也、秋。)  新たな仲間の名前を心の中で唱えてから、三人が入室する音に耳を澄ませる。縦横六十センチ四方の木の扉である躙り口を横に滑らす音。履いていた草履(ぞうり)を脱ぐ衣擦れの音。前に大きく屈んだ体勢から下半身を正座の形へ折りたたみ、両手の親指以外の指を内側に折り、親指の先と折った四本の指の第二関節を畳に軽く擦り当てながら、丁度良い力加減で正面に在る床の間へと進む音。  聴いているだけで、遠弥の声がしてきそうだと、不意に思った。  けれど、過去に気持ちが遡ったのは、ほんの一瞬だけで、次の瞬間には、もう、涼の目には、目の前の三人の顔しか映って居なかった。  涼の集中が切れたのは、最後の客、つまりは末客である秋が、廊下へと続く扉を閉めた音が、耳に届いた時だった。 「ふぅ……。」  肩の力を抜くように、涼は息を吐くと共に、再び、肩を大きく落とした。  緊張からの解放。この緊張の中に、相手への気持ちが籠っているのだと、感じることが出来る。特に、小さな御茶室での点前は、一音一音が相手の耳に響く。一挙一動が、相手の目に響く。それが、涼が愛して止まない茶道の凄さだ。  扉を開けて戻って来た部員は、ふたりに減っていた。 「おい、宗也は?」  一番にでも感想を言ってくれそうな印象だったので、どこか気まずそうに見える他のふたりに控えめに訊いてみる。 (なにか引っかかったのか?)  それならそれで、宗也なら文句を言ってきそうなので、全くのノーリアクションは想定外だ。  すると、珍しく秋が口を開いた。 「宗ちゃん、感動して……泣いてる。」 「へっ?」  うっかり情けない声を出してしまった涼は、出てしまった声を誤魔化そうと、少し早足で宗也のもとへと向かった。  そこには、唇を思いきり噛み締め、瞼にこれでもかというくらいの涙を蓄えている宗也の姿があった。 (俺の点前を見て、泣いてくれたのは、これで二人目だな。)  そう思っていると、着物の両襟を力いっぱい、宗也に掴まれる。 「ぐやじいっ!!」  言いたいことがかろうじて伝わったと同時に、よほど流れ落ちるのが悔しかったのだろう。零れ落ちるのを必死に我慢している顔から、感動してくれた宗也の気持ちが、涼の心に伝わった。 「ありがとな。」  この時、涼は、気付いていなかった。自分がとてつもなく優しい笑顔で、宗也に微笑みかけていたことを。  そして、 「ほら、宗也。今度はお返しに宗也が点ててあげないと。」  宗也をただ慰めているだけに見えた和仁と秋が、涼の笑顔を見て照れていたことにも。         
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